トイレで鏡を見ると、昨日泣き過ぎたせいで目が腫れぼったかった。

まだ昨日の出来事が頭を何度もよぎっている。

『使者』の役をするのは二度目だけど、そうとう体力を使うみたい。朝からあくびが何度も出ている。

廊下は朝の光にあふれていて、目がチカチカしてしまう。

碧人がスポーツ科の教室に入る前に、ヒラヒラと手をふってきたので返した。

昨日の出来事をあとで話す約束をしている。

次の青い月は、一カ月後の予定。そのときは研修旅行に出かけているので、しばらくは穏やかな毎日が続くだろう。

ホッとしつつも、残念な気持ちも少しはある。使者は大変だけど、人を助けることで自分も救われる部分があり、この役目を好きになりはじめていたから。

教室に入ると、葉菜さんがすでに登校していた。前の席の女子と、メッセージアプリ のIDを交換しているみたい。

「あたしもあたしも!」

梨央奈が駆け寄り、葉菜さんがおかしそうに笑った。

ああ、また泣いてしまいそう。

「実月さん」

葉菜さんがスマホを手にやってきたので、

「おはよう。昨日はよく眠れた?」

尋ねながらスマホを取り出した。

「寝過ぎて眠い感じ。でも、本当にありがとう」

「私は『使者』だからね」

クスクス笑ったあと、葉菜さんは「そうだ」と顔をあげた。

「こないだ、清瀬くんの話したでしょう?」

「あ、うん」

「なんか勘違いさせたかも、って気になってたの。あれ、違うから」

中学時代、葉菜さんが碧人を好きだったのかも、と疑ったんだ。最近のことなのに、ずいぶん前のことのように思えた。

「あのね」と、葉菜さんが上目遣いで見てきた。

「清瀬くんね、うちの叔父さんにそっくりだったの。見るたびに親戚に会ったみたいで恥ずかしくって」

「へえ、そうなんだ」 

ホッとしつつも顔には出さないように気をつける。

「そこの家の犬もそっくりなんだよ」

「犬も⁉ すごい笑える」

碧人にそっくりな犬なら見てみたいものだ。

ひとしきり笑ったあと、

「ああ、よかった」

と葉菜さんが言った。

「なにが?」

「実月さんが元気で」

「それはこっちのセリフ。葉菜さんが元気でよかった」

空には丸い雲がひとつ。

葵さんは今ごろ、穏やかな気持ちで眠りについているのだろう。

「なんの話してんの? あたしも入れてよ」

梨央奈がやって来るのを見て、葉菜さんが私の耳に顔を寄せた。

「私、『生きたがり』になってみせるからね」

小さな声でも力強く耳に届く。

「がんばり過ぎない程度にね」

葵さんの言葉をくり返すと、彼女そっくりな笑顔がそこに咲いていた。