***
去年の二学期に碧人に言われた言葉が、頭のなかを今でもふとよぎる。
夏休み中にテニスの練習で足を痛めたということは知っていた。心配する私に『話す気分じゃないから連絡しないで』と碧人はそっけなく言った。
最初はムカついていたけれど、やっぱり好きな人のことは心配してしまう。夏休みの後半は、ずっと碧人のことばかり考えて過ごした。
やっと二学期の始業式を迎え、私はスポーツ科の教室に向かった。
どんな話をしよう。それよりケガは大丈夫なのかな。
話したいことがたくさんあって、聞きたいこともたくさん。なによりも碧人の顔を見て安心したかった。
けれど、碧人は私を見るなり嫌な顔をした。あまりに驚いてしまい、話せないままその日は帰った。
何日経っても碧人は変わらなかった。LINEをしても既読無視、電話をかけても出ないし、ついにはスマホを解約したのか、『この番号は使われておりません』という案内の音声が流れた。
やっと学校で見かけても、わざととしか思えないくらいの露骨さで気づかないフリをされた。
そんな日が続いた一週間後の放課後、私は誰もいない教室にひとり残っていた。
碧人の部活が終わるのを待って、きちんと話をしようと思ったから。
秋になり、夕暮れが早い。真っ赤な夕焼けが広がっているせいで、まだ月は見えない。毎日のように空ばかり見てしまうのは、また碧人と青い月を見たいから。
もしそのときに、手をつなぐことができたのなら……。
ううん、それはムリだ。私たちは恋人同士じゃないし、避けられている現状、碧人は手をつないではくれないだろう。
恋はなんてせつないのだろう。碧人のちょっとした言葉や態度によろこんだり傷ついたり。この気持ちに気づかなければよかった。
碧人のそばにいたくて、同じ高校に入ったのにな……。
「実月」
いつの間にか、碧人が教室の前の戸に立っていた。
「……部活、もう終わったの?」
「今日は休んだ」
久しぶりに話ができたのに、碧人は浮かない顔をしている。
「そうだったんだ。あの、ね……ケガは大丈夫?」
「ああ」
「痛くはないの?」
「ああ」
そっけない態度にくじけてしまいそう。
でも、ここで黙ってしまったらなにも解決できないまま帰ることになる。
ちゃんと話そう。なにか怒らせてしまったのなら謝ろう。
椅子を引いて立ちあがろうとしたとき、彼は言った。
「悪いんだけど、学校では話しかけないでほしい」
と。
「え……? あの、ごめん。なにか怒らせたのなら――」
「そうじゃないよ。実月はなんにも悪くない」
夕焼けが碧人の顔をオレンジ色に染めている。混乱してしまい、中腰のまま動けない私に、碧人が近づいてきた。思ったよりも穏やかな表情にホッとした。
「男女で仲がいいってだけでからかわれることがあってさ。うちのクラスのヤツら、しつこいんだよ」
「……そうなんだ」
「実月が一組だってこともバレたし、迷惑かけたくなくてさ」
長いつき合いだからわかることがある。碧人はウソの理由を並べている。
ひょっとして、碧人に好きな子ができたのかもしれない。その人に勘違いされたくなくてそう言ってるのかも。
「学校の外ではいつもどおり話そう。とにかく、クラスのヤツに勘違いされたく ないんだ。だから、いい?」
「あ、うん」
うなずいたのは、そうするしかなかったから。
碧人はうれしそうにほほ笑んでいた。
どんなに私が傷ついているのかも知らないで。
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去年の二学期に碧人に言われた言葉が、頭のなかを今でもふとよぎる。
夏休み中にテニスの練習で足を痛めたということは知っていた。心配する私に『話す気分じゃないから連絡しないで』と碧人はそっけなく言った。
最初はムカついていたけれど、やっぱり好きな人のことは心配してしまう。夏休みの後半は、ずっと碧人のことばかり考えて過ごした。
やっと二学期の始業式を迎え、私はスポーツ科の教室に向かった。
どんな話をしよう。それよりケガは大丈夫なのかな。
話したいことがたくさんあって、聞きたいこともたくさん。なによりも碧人の顔を見て安心したかった。
けれど、碧人は私を見るなり嫌な顔をした。あまりに驚いてしまい、話せないままその日は帰った。
何日経っても碧人は変わらなかった。LINEをしても既読無視、電話をかけても出ないし、ついにはスマホを解約したのか、『この番号は使われておりません』という案内の音声が流れた。
やっと学校で見かけても、わざととしか思えないくらいの露骨さで気づかないフリをされた。
そんな日が続いた一週間後の放課後、私は誰もいない教室にひとり残っていた。
碧人の部活が終わるのを待って、きちんと話をしようと思ったから。
秋になり、夕暮れが早い。真っ赤な夕焼けが広がっているせいで、まだ月は見えない。毎日のように空ばかり見てしまうのは、また碧人と青い月を見たいから。
もしそのときに、手をつなぐことができたのなら……。
ううん、それはムリだ。私たちは恋人同士じゃないし、避けられている現状、碧人は手をつないではくれないだろう。
恋はなんてせつないのだろう。碧人のちょっとした言葉や態度によろこんだり傷ついたり。この気持ちに気づかなければよかった。
碧人のそばにいたくて、同じ高校に入ったのにな……。
「実月」
いつの間にか、碧人が教室の前の戸に立っていた。
「……部活、もう終わったの?」
「今日は休んだ」
久しぶりに話ができたのに、碧人は浮かない顔をしている。
「そうだったんだ。あの、ね……ケガは大丈夫?」
「ああ」
「痛くはないの?」
「ああ」
そっけない態度にくじけてしまいそう。
でも、ここで黙ってしまったらなにも解決できないまま帰ることになる。
ちゃんと話そう。なにか怒らせてしまったのなら謝ろう。
椅子を引いて立ちあがろうとしたとき、彼は言った。
「悪いんだけど、学校では話しかけないでほしい」
と。
「え……? あの、ごめん。なにか怒らせたのなら――」
「そうじゃないよ。実月はなんにも悪くない」
夕焼けが碧人の顔をオレンジ色に染めている。混乱してしまい、中腰のまま動けない私に、碧人が近づいてきた。思ったよりも穏やかな表情にホッとした。
「男女で仲がいいってだけでからかわれることがあってさ。うちのクラスのヤツら、しつこいんだよ」
「……そうなんだ」
「実月が一組だってこともバレたし、迷惑かけたくなくてさ」
長いつき合いだからわかることがある。碧人はウソの理由を並べている。
ひょっとして、碧人に好きな子ができたのかもしれない。その人に勘違いされたくなくてそう言ってるのかも。
「学校の外ではいつもどおり話そう。とにかく、クラスのヤツに勘違いされたく ないんだ。だから、いい?」
「あ、うん」
うなずいたのは、そうするしかなかったから。
碧人はうれしそうにほほ笑んでいた。
どんなに私が傷ついているのかも知らないで。
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