開放した窓から、宙に舞う桜が空間に乱入してくる。
邪魔っちゃ邪魔だし鬱陶しいけど、これはこれでありかも。
見知らぬ生徒同士が、仲を深め合う新学期。
賑わうのは教室の中心と前方。それと比べて、空間が根こそぎ括り出されたような孤立感を纏う一角。
……教室の端で、私は一人の時間を堪能していた。
手に握られているのは、一枚の紙。

【新学期オーディション:四月二十日
 2人ペア───お題:告白

 優勝賞金:4万円+映像化検討】

「なーに優雅に一人の時間楽しんでるわけ?」
「っ。」
気が付くと、目の前には中学からの付き合いである穂花(ほのか)がいた。
いつの間に。
私が座っている一つ前の席で、またごして椅子に座っている。
「穂花。」
名前を呼ぶと、私の握っていた紙を覗き込んだ。
「真面目さんだね、絢音(あやね)は。もうオーディションのことしか考えてないの?」
「もうって、学校全体のオリエンテーションが終わってから、稽古期間は3日しかないのよ。これでも遅い方よ。」
オーディションのプリントを穂花に取られたことで、やることがなくなった私は、頬杖を着いて外を眺めた。
外では桜が一生舞ってる。
あと少しで緑が広がりそう。あぁ、夏なんか来なくていいのに。
「まーたそんなこと言って。」
絢音は生真面目さんだねー、という穂花は、私の顔を無理やり教室の方へ向けた。
「痛いんだけど。」
「ほら見てみ?みんな、高校生らしく新学期を満喫してる。慣れない生活で、心地いい空間を作るために。……絢音も社交的になりなよ。」
「みんなはそうでも、私は違う。遊び半分でここの"芸能科"に来たんじゃない。仕事を求めてここに来た。生半可なあんた達とは違うの。」
フイッとそっぽを向く私に、穂花は頬を膨らませた。
「えー、生半可は酷いじゃん。私たちだって、ある程度は身構えてるさ。でも、ほらほら。高校生の醍醐味は青春だよ!それをドブに捨てるのかー?」
ツンツンと私の頬を突く穂花。私を揺るがしてるのか知らないけど。
青春をドブに、……ね。
「うん。」
「え、」
思いもよらぬ回答だったのか、旗また一切渋らなかった私への動揺か、穂花は固まった。
「私はこの人生、"これ"に賭けてきたし、浮気するつもりもない。」
「浮気って・・・。」
呆れる穂花を前に、私はオーディションのプリントを奪い返した。
私にはこれしかない。これ一本で生きてきて、今更路線は変えられない。
これで食っていけるまで、私は抗う。必死で。全力で。
「……恋愛もしないの?」
「……。」
チラリと覗いた彼女の顔は、少し寂しそうだった。
「……はぁ。」
昔からそうだ。穂花は社交的じゃない私を心配して、お節介なことばっかしてくる。
……逆を言うと、心配をかけてしまっている。
まるで、血の繋がった姉の様に心配してくれる彼女を全否定するのは、流石の私も心が痛い。
「……そんな暇がないのは事実。恋愛なんてもってのほか。」
そう言うと、彼女はしょんぼりした顔でこちらを見ていた。
「でも……。人付き合いは……がんば、る……。」
モジモジと呟いた言葉。流石に恥ずかしい。
パッと彼女の顔を伺う。
「……。うん!!頑張ろうね!!!!」
満面の笑みになって、私に手を握った。
振り回されてばっかりだ。彼女は誰が見ても天真爛漫。
「おーい、穂花ー。」
「あ、はーい。今行くー!」
無垢で純粋で、どこまでも無邪気。
見事に人を魅了する特徴を持つのは、彼女だけ。
人を寄せ付ける、彼女だけの才能だ。
"これ"を続けてると、欲しくなる。

強欲になってしまう。

羨ましい。私に無いものをあの子は持ってる。

欲張りになってしまう。

……けれど、要らない。
だって……、



私の才能は───────誰もが認める天才だから。


これも、私にしかない……私だけの特別な才能だから。