「ほぉ、これは……」
 数日後、シラーヴは王宮に招かれガレマ11世の前で新曲を披露した。
 デイツ夫人のサロンで着想を得て作った曲だ。
 演奏が終わると、割れんばかりの拍手が沸き起こる。
 ガレマ11世も満足そうに手を叩いた。
「優雅さの中に愛らしい旋律が重なる、心の浮き立つような作品だな。実に良い」
「ありがたき幸せに存じます」
 シラーヴは椅子から立ち上がり、王に敬意を示す。
「先日デイツ伯爵夫人のサロンがありまして、その時に浮かんだ曲です」
「デイツ夫人か。なるほど、先ほどの曲の優雅さは彼女のイメージなのだな」
「はい。そしてもうお一方、キサット子爵令嬢が来られていまして。この方が小鳥のように愛らしく軽やかなステップを私に見せてくださったのです。その足取りが忘れられなくて、曲の中に織り込みました。まるで詩人のごとく、美しい言葉を紡ぐ方でした」
「ふむ」
 ガレマ11世が僅かに興味を示す。
「キサット子爵令嬢か……」


 ■□■


「ミューリ、招待状だ」
 今日も書斎で勉強をしていた私の元へ、カイルが封筒を持って入って来た。
「これは……!」」
 封書は三通。全て差出人には見覚えがあった。
「全部、デイツ夫人のサロンでお会いした方々からのものだわ」
「やったじゃないか、ミューリ」
 カイルの大きな手が、私の背を軽く叩く。
「お前の言葉でいい気分になりたい、その三人にそう思わせたってことだ」
「はは……」
 微妙な評価に苦笑いが出る。
「それってさ、媚びるのが上手いってことじゃない? 幇間(たいこもち)として必要とされるのもなぁ」
「誉めるのと媚びるのは違うぞ、ミューリ」
 カイルがスッと表情を引き締めた。
「相手の歓心を得るために心にもないことを言うのが媚びだ。そして褒めるというのは……」
「本当に思ったことを伝える、よね」
「そうだ」
「だけど、本心が根っこにあっても大袈裟な言葉で飾り立ててるのは事実よ。それを素直な気持ちなんて言えるのかな」
「なるほど」
 言ったかと思うとカイルは部屋を出ていく。やや経って、彼は包みを手にして戻ってきた。
「何?」
「ミューリ、これをやる」
 そう言ったかと思うと、カイルは剥き出しのネックレスを掴み上げ私に突きつける。
「ぇえ……」
 虹色に輝くオパールのネックレスだ。とても美しく、金の金具にも見事な細工が施されている。高価なものということは一目でわかった。
「でも、プレゼントをくれるならもう少し何かない? 乱暴に手掴みで渡されても、何だか安っぽく感じちゃうよ」
「なら、こちらをやろう」
 次にカイルは透かし模様のある美しい白い箱を差し出してきた。艶やかなシルクのリボンがかかっている。
「今度は何?」
 私はわくわくしながらリボンを引き箱を開ける。中には先ほど手掴みで渡されたネックレスと、同じものが入っていた。
「……何がしたいの?」
「どちらを、より高価だと感じた?」
「それは当然、箱に入っていた方でしょ」
「言葉で飾るというのはそう言うことだ。
 カイルは剥き出しだった方を引き寄せ、自分の首に着ける。
「くれたんじゃないの?」
「こっちは元々俺用だ。そっちの箱に入ったやつがお前用」
「はぁ」
「だがこれでわかっただろう。飾るというのは相手への気づかいだと」
「そうね」
 私も箱からネックレスを取り出し、身に着ける。
「本質が同じでも飾ったものとそうでないもので、受け取る側には価値が違って感じる。そう言いたいんでしょ」
「理解が早くて助かる」
 私は二人の胸元に輝くネックレスを見つめる。
「お揃いなのね」
「夫婦だからな。これくらいいいだろ」
「そうね」
 ほんの少し、胸の奥が甘く疼いた。

 以降、私はサロンへ足しげく通い、そこで言葉を尽くして芸術家をほめたたえた。私の言葉は芸術家とそのパトロンを喜ばせ、それが次のサロンの招待へと繋がる。
「おい、ミューリ」
 ある日、カイルが嬉しそうに封筒を持ってきた。
 差出人を見て、私は息を飲む。
「ハネーギル伯爵夫人……!」
「お前の評判を耳にして、もう一度招待をしたくなったんだ」
 カイルは嬉しそうに目を細め、歯を見せて笑う。
「やったな! 一度見限った相手にもう一度チャンスをくれるなんて、滅多にないことだぞ!」
 カイルは大仰に両手を開くと、私を強く抱きしめた。
「次こそは名誉挽回だ、気合入れていけ!」
「う、うん!」
 私はカイルの温かい胸に抱かれながら、少し戸惑う。
 どうしてこんなに胸が高鳴るのだろう。
 どうして彼の匂いはこんなにも頭の奥を痺れさせるのだろう。
 私が、好きなのは……
「これならきっと、近いうちにお前の名は陛下の元へ届くぞ。愛妾に選ばれた暁には俺の出世の件頼むな、ミューリ!」
(あ……)
 そうだ、私が好きなのは国王陛下。結ばれたいのは陛下ただ一人。
 私たちはそのために結婚したのだ。
 なのになぜ。
(胸の奥に、尖った石が刺さったみたい……)

 サロンに招待される回数が増えるに従い、そこにいる芸術家もより名の知れた人物へとなっていった。
「頃合いだな。ミューリ、今日からこれも読むんだ」
 久しぶりに書斎を訪れたカイルが、私の前に本を積み上げる。
「世界情勢や歴史、それに政治の勉強? なぜこんなものを?」
「必要になる可能性が高まってきたからな」