数曲の演奏の後、ついに今回のメイン、新曲のお披露目となった。
(わぁ……!)
 彼らしい繊細な旋律でありながら、踊り出したくなる軽快なリズムだ。金の糸で小鳥のモチーフを次々と空中に縫い取っているような。
 無意識のうちに、私の足はリズムを取っていた。目を閉じれば、カイルとダンスの練習をした時のことが心に浮かぶ。
(カイル……)
 きっとこのリズムの時、カイルならこう動くだろう。右にこう、そして左へ。私の手を取る彼の手は包み込むように大きくて、少しごつくて。うん、きっとここでターンするだろう。私の腰を抱き、少し振り回すように。悪戯っぽく笑いながら。
「はっ!」
 想像にふけりすぎていた。気が付けば曲は終わり、サロン中の人間が私を見ていた。妄想の中だけではなく、現実でも踊ってしまっていたらしい。
(ま、またやらかした……!)
 アホか、私はアホなのか!?
 今日の主役は音楽家のシラーヴ、その次が開催者のデイツ夫人。さらに言えば子爵家の私などもっと隅にひっそり控えてなければならなかったのに。
(音楽聴いて踊りだしちゃうとか、完全にやらかした~っ!)

 ――ハネーギル夫人と違ってデイツ夫人は普通に悪口言う人だからな?

 怖くてデイツ夫人のいる方向を見ることすらできない。
(なんとか、なんとかこの場を乗り切る方法は……!)

 ――いいか、芸術家を褒めろ。
 ――全力で芸術家を誉めそやせ。そうすれば相手はいい気分になる。

(褒める……)

 ――思ったことを素直に伝えるんだ。

(思ったことを素直に……)

 私は覚悟を決めると、シラーヴに向き直りはにかんで見せた。
「ごめんなさい。曲を聞いているうちに、体が勝手に踊り出してしまいました。お恥ずかしいわ」

 ――最も美しく優しい言葉で飾り立てろ。

「まるで音楽を愛する精霊が私の前に降り立ったような錯覚に陥りました」
 降り立ったのはカイルの姿だったけど。
「その幻想に手を取られ、私の足は自然と踊り出してしまいました。旋律の一つ一つが、私の魂を震わせ、足を操り、この身を音楽に委ねるようにと囁いたのです」
「ミューリ嬢……」
「音に触れて、こんな感動を味わったのは生まれて初めてです。こんなにも素晴らしい音楽家と出会えたことに、心からの感謝を」
「あぁ、マダム!」
 シラーヴは頬を染め、嬉しそうに私の手を取った。
「あなたは、なんて、なんて素敵な言葉を下さるのでしょう」
「シラーヴさん」
「ミューリ嬢、貴女の小鳥のように軽やかなステップは、とても愛らしく美しいものでした。インスピレーションが激しくかきたてられ、たった今、新たな音楽が僕の中で生まれましたよ」
「ま、まぁ」
 予想以上のシラーヴのリアクションに、少し戸惑う。しかしこれは悪い反応ではなさそうだ。
「それでしたら」
 私はもう一度覚悟を決め、ぐいとデイツ夫人と客たちをふり返った。
「次は皆様もご一緒にいかがでしょう? 私、ぜひ皆様の洗練されたステップを勉強させていただきたく存じます」
「あぁ、それは僕も拝見したいものです!」
 シラーヴは、主人であるデイツ夫人へ歩み寄る。
「我が崇高なるレディ。どうか私のために、貴女の女神の舞を見せていただけませんか? 音楽の精霊が貴女を求めているのです」
「あ、あら」
 デイツ夫人は少し困惑した表情を浮かべたものの、頬をうっすら染めて頷く。
「いいでしょう。さぁ、皆様もお立ちになって」
 招待客たちは互いに顔を見合わせながら、ソファから腰を浮かす。
「あぁ、素晴らしい! 今日は何と素晴らしい日でしょう!」
 シラーヴは感嘆の声を上げながら、ピアノへと戻る。
「音楽の精霊と、地上の女神たちのダンスをこの目で見ることができるなんて!」
 シラーヴが鍵盤にそっと触れ、曲を奏で始める。
 デイツ夫人を始めとした貴婦人たちは、明るい笑い声を上げながら、その旋律に身をゆだね始めた。

「ミューリ嬢」
 帰宅しようとする私をデイツ夫人が呼び止めた。
「はいぃ!」
 内心ドキドキしながらも、私は笑顔で彼女をふり返る。彼女はすい、と私の手を取った。
(あっ!)
「今日はとても楽しく過ごせました。また、ぜひいらしてくださいね」
「は、はい!」
(『また』って言ったよね? 聞き間違いじゃないよね?)
 デイツ夫人が目を細め、にっこりと笑うと邸内へと戻っていく。
「や……」
 やったーーー!!
 勝鬨(かちどき)は心の中でひっそり上げた。