「アーホーかー!」
 帰宅し事の顛末を語ると、カイルは頭を抱えた。
「嘘だろ、ミューリお前……! 画家の目の前で、描いた絵よりもモデルの方がいいとか、それどこか額縁を褒めたって、お前……! 噓だろぉ……」
「だから、しくじったなぁって言ってるじゃない」
「はー……」
 カイルはへなへなとソファへ倒れ込む。
「ハネーギル夫人はお優しい方だから、一気に悪評が広まるとは思わないが」
「……ごめん」
「念のために聞くぞ。帰る時、なんて言われた?」
「え? 『ではごきげんよう』?」
 カイルが遠い目となる。
「駄目だったか……」
「駄目って、何が?」
 カイルは身を起こし、頭痛を起こしたように額を抑えた。
「もう一つ確認するが、『次も必ずいらしてね』と、手を取って言われてないんだな」
「うん」
「サロン主催者は、また招待したいと思った相手にはだいたいそうするんだよ」
「え……」
 すぅ、っと血の気が引いた。
「えっと、つまり……?」
「彼女から招待されることは、今後望めないだろうな」
 あー、聞きたくなかったけど、やっぱり!
「どうしよう」
「どうしようもない」
 素っ気なく言って、カイルは姿勢を正す。
「今回はハネーギル夫人で助かったと思うしかない。気難しい相手なら、お前の悪評はすぐに陛下の元へ届くだろうな。そうなれば陛下の恋のお相手への道は、完全に断たれていたぞ」
「そこまで!?」
「当然だ」
 カイルはテーブルに肘をつき指を組むと、そこへ顎を乗せる。
「陛下の愛妾になりたい人間なんて、腐るほどいるんだ。わずかでも落ち度があれば、すかさず食いつかれる。ライバルは完膚なきまでに蹴落とそうと、みんな虎視眈々と機をうかがっているからな」
 ひぇ。
「それにしてもカイル、色々詳しいのね」
「伯爵家の三男坊だからな。のほほんと口開けて座ってるだけで地位が手に入る奴らとは、違うんだよ。生き抜くためには、それなりの知識や情報が必要なんだ」
 なるほど。
「そう言うわけだ、ミューリ。次は絶対に面白いことをしてこい!」
 面白いこと?
「私、道化師じゃないんだけど」
「そうじゃない。次回も招待したいと思わせる、気の利いた言動を心がけろと言っている。好印象を相手に刻み込め!」
(次……)
そんなチャンスは、来るのだろうか。
「好印象って言われても、どうすれば……」

「リューズ夫人は、芸術に造詣の深い方だった」
「!」
 陛下の寵愛と信頼を一身に集めていた前公妾の名に、軽く息を飲む。
「彼女と同程度の知識をつけろ、センスを磨け、適切に言語化する能力を身に着けろ」
「そんな簡単には……」
「やるんだ、ミューリ。陛下の愛がほしくないのか。陛下と甘い恋がしたいんだろう」
 カイルの言葉に、私はサロンに行くこととなったそもそもの目的を思い出した。
「うん。ガレマ11世様と、私は恋がしたい」
「そうだ、そして俺は地位や金が欲しい。そのためにはここで腑抜けてる場合じゃ」
「ないよね」
 私は姿勢を正し、カイルに向き直る。
「カイル、私に教えて。リューズ夫人をしのぐ存在になるには、どんな知識を身に着ければいい? 私は何を学べばいい?」
「……」
 ふいにカイルの手が伸びて来たかと思うと、私の頭を撫でた。
「ひゃっ、何?」
「いや」
 カイルがくすりと笑う。
「頑張ろうとしている妹分が、ちょいといじらしく見えただけだ」
「何、それ」
 撫でられて乱れた髪を、私は直す。
「明日からお前に色々叩き込む。覚悟しとけ」
「うん!」