かくして、ハネーギル伯爵夫人のサロンの開催日となったわけだが。
(す、すごい……!)
 その部屋の壁には、一面に絵画が飾られていた。
 今回は、絵画をメインとした催しのようだ。
(一体何枚あるんだろう。どれもこれも女性を描いたものだな)
 よく見ると、同じ女性をモデルにしたものが多い。
(ふくよかでなめらかな白い肌の女性がいっぱい。このタッチが画家さんの特徴かな。それにしても額縁、高そうなのばかり。枚数もすごいし、この額縁だけでいくらするんだろう)

 そんなことを思いながら、一枚一枚絵を眺めて時だった。
「ようこそいらっしゃい、ミューリ嬢」
 背後から声をかけられ、慌てて振り返る。
(あ……!)
 立っていたのは、ふくよかでなめらかな白い肌の、柔和な笑みの女性だった。
(この絵のモデルさん!)
「私のサロンに来ていただけて嬉しいわ」
(私の? じゃあこの方が!)
 私は慌ててカーテシーの姿勢を取る。
「初めまして、ハネーギル夫人。お招きありがとうございます」
「うふふ、可愛らしい方ね」
(優しそうな人……)
 ふと彼女の背後に目をやると、一人の青年が立っていた。立派な服は身に着けているが、どこかあか抜けない印象がある。
(従者かな? その割には高そうな仕立てだよね。女性ばかりの催しに珍しい)

「先ほどから随分と熱心に見ていらっしゃるのね、ミューリ嬢。絵画はお好き?」
「は、はい! えぇと……」

 ――招待を受けたら、そのお抱えの芸術家を褒めて褒めて褒めちぎれ。

 カイルの言葉を思い出す。そうだ、ここで『褒める』だ。
「とても素敵な絵ばかりで、思わず見入ってしまいました」
「まぁ、嬉しい」
「ここに描かれているのは、ハネーギル夫人でいらっしゃいますよね」
「えぇ、そうよ」
 ニコニコと細めた目の下の、陶器のように滑らかな肌がまばゆい。白く豊かなデコルテは、女の私ですら目を引き寄せられてしまう。
「どれも、ハネーギル夫人の美しい肌が見事に表現されていて、素敵だと思いました」
「あら、うふふ」
「やはりモデルがいいと、絵も素晴らしく仕上がるものですね」
「ふふ、ありがとう」
 心なしか、ハネーギル夫人の背後に立つ青年の顔が、微妙に曇った気がする。
(なんだろう?)
「ここに描かれた眼差しもとてもいいですね。ハネーギル夫人ご本人の魅力には到底及びませんが」
「……まぁ」
(ん?)
 ハネーギル夫人は口元に笑顔を浮かべたまま、少し困ったように首をかしげる。
(え? 何か間違った?)
「えぇと……」
 名誉挽回を狙い、私は他に褒めるところがないか探した。
「が、額縁、素敵ですね!」
「額縁……」
「はい、これがあってこそ絵が引き立っているように思えます。これを選ばれたハネーギル夫人のセンスは最高に素晴らしいと思います」
「うふふ」
 夫人は口元に手を添えて笑うと、側に立つ青年の腰に手を添え、私の前から立ち去ろうとした。
「あの……」
「ゆっくり楽しんでいらしてね、ミューリ嬢。行きましょう、モノース」
「はい、マダム」
(モノース?)
 どこかで記憶した名だ。モノース、モノース……。

 ――モノース・カッターの新作を披露いたします

(あーっ!!)
 夫人の側に付き添っていたあの青年こそが、これらの絵を描いた画家だったのだ。