結婚式から数日が経過した。
 カイルはキサット家に婿入りし、私の生家である館に共に住むこととなった。
 伯爵家から子爵家へ、いわば降格と言う形になるのだろうが、カイルに気にする素振りはない。
 思えば彼は、幼いころから我が家に頻繁に出入りしていた。そのため、他家に入ったという感覚が薄いのだろう。


 この日、私たちは居間で作戦会議を開いた。議題は勿論、互いの目標達成に向けてのものだ。
「幸いにも、と言うのははばかられるが」
 カイルは少し声を潜め、テーブル越しにこちらへ身を乗り出した。
「国王陛下はごく最近、最愛の寵姫リューズ夫人を病で失ったところだ」
 リューズ夫人とは、国王陛下の公妾だった女性だ。
 公妾とはただの愛妾ではなく、国の認可を受けた寵姫。陛下が公の場に出るときは供をする、いわばファーストレディのような存在である。
「現時点で公妾のポジションは空席となっている。だが、新たな愛妾がその地位に任命されるまでそう長くはないだろう。お前は短期間でそこを目指せ」
「別に公妾にならなくていいけど?」
「は?」
「だって、めんどいじゃない? 私、国王陛下と恋が出来ればそれで満足だし。公の場でゲストをもてなすとか気の利いたジョークで場を盛り上げるとか面倒くさく……」
 頭上にチョップが落ちて来た。
「痛い! 何すんのよ、カイル!」
「ミューリ、忘れてないだろうな。お前は王の愛妾となる、その見返りとして夫の俺は領地や地位を手に入れる。お前が全力で成り上がらなきゃ、俺も大したもん手に入れられんだろうが」
「うわ、最低」
「うるせぇ、俺らは最初からギブアンドテイクの関係だ」
 私たちはむっつりと黙り込み、互いに睨み合う。

「……で?」
 紅茶でそっと口を湿し、私は彼に問う。
「公妾になれったって、具体的にどうすればいいのよ」
「まずはサロンに参加しろ」
「サロン?」
 私が問い返すと、カイルは呆れたように私を見た。
「お前、まさかサロンを知らないのか? いくら田舎子爵の田舎令嬢だからって」
「田舎田舎うるさい。今やあんたもその田舎子爵の一員でしょうが! 知ってるわよサロンくらい。貴族の妻たちが、お抱えの芸術家を見せびらかしてマウントしあう会でしょう」
「……微妙にトゲのある解釈だが、まぁそんなところだ」
「と言ってもね」
 私は頬杖をつき、ため息をつく。
「私には自慢するような芸術家の知り合いなんていないからなぁ」
「誰も主催しろとは言ってない。まずは開催の決まっているサロンに客として参加するんだ」
「客として?」
「あぁ」
 カイルは、懐から一枚の封書を取り出した。
「これはハネーギル伯爵夫人からお前へ、サロンへの招待状だ」
「なんでそんなものがここに!?」
「俺も元は伯爵家の人間だからな。伯爵家同士それなりの付き合いはある。新妻がサロンへの参加を望んでいると伝えたら、すぐに送ってくれたよ」
「本当に……」
 私は封を開き、中を見る。

『モノース・カッターの新作を披露いたします。ぜひいらしてください』

 その文言は、洗練された文字で開催日と共に記されていた。
「サロンで有名になれば、地位のある御婦人方からも招かれるようになる。そうすればお前の名は、いずれ陛下の元へと届く」
「! 陛下の元へ、私の名が?」
「そうだ、ミューリ」
 カイルは計算高く笑った。
「そのためには、大勢の人間に気に入られる必要がある。招待を受けたら、そのお抱えの芸術家を褒めて褒めて褒めちぎれ。自分の贔屓を褒められれば、誰だって悪い気はしない」
「なるほど」
「もう一度、お前を招待したい。そして自分の贔屓を賛美させたい。そう向こうに思わせるように、頑張って来い!」
「うん、わかった!」
 私たちはがっしりと手を組んだ。
「気合入れていけ、ミューリ!」
「おう!」