コダールとの諍いの件を報告すると、カイルは額に手をやりため息をついた。
しかし、すぐにカイルは喉の奥でクックッと笑い出す。
「まぁ、無理もないよなぁ。腹立つもんなぁアイツ。俺だって目の前で身内をそんな風に言われたら、黙っていられたかどうか」
「咎めないの?」
カイルは大きく息をつきながら、椅子にドスンと腰を下ろした。
「確かに陛下と親交の深い人間を怒らせてしまったのは悪手だが、同時に公爵夫人を含む女性陣からすれば痛快な出来事だったわけだからな」
カイルの青い瞳が私を見る。
「五分五分ってところか」
「つまり?」
「分からん」
カイルが首を横に振ると、栗色の前髪がさらりと揺れた。
「吉と出るか凶と出るか。それはもうじき開催される、王妃タバフ=エッダカッハの生誕を祝う舞踏会に招待されるかどうかでわかるだろう」
「……招待されなかった場合は?」
「残念ながら、王の褥への道は絶たれたことになる」
「そんなぁ」
王妃様の生誕を祝うパーティーには、国中のありとあらゆる貴族が招待される。私も社交界デビュー以来毎年招かれている、盛大な舞踏会だ。
それに招待されないのは、王家からよほどの不興を買ったという証明に他ならない。当然ながら、他の貴族たちからもあまりいい目では見られなくなる。ここまで積み上げて来たものが水の泡だ。
「ど、どうしよう! もしも招待状が届かなかったら」
「今更じたばたしても始まらん」
カイルは立ち上がると、すり抜けざまに私の頭をそっと撫でる。
「祈りながら待つとしようぜ」
部屋を出ていくカイルののんきな後姿を見送りながら、私は少し不思議に思う。
(カイル、怒らないの? 私が陛下に嫌われれば、カイルの夢も断たれるのに)
王宮から舞踏会への招待状が無事届いたのは、それから二週間ほど経った日のことだった。
舞踏会当日、私はカイルとともに王宮へと参じた。
今日の私は、碧いドレスを着ている。カイルの見立てだ。
「ミューリ嬢」
フロアに足を踏み入れた私に声をかけてきたのは、女流作家のウィヒッツ侯爵夫人だった。
型通りのあいさつを交わしながらも、私の心はフワフワと浮き立つ。社交界では、目下から声をかけることは許されない。目上の人間から話しかけられ、初めて会話をすることが許されるのだ。今までこういった場で侯爵夫人クラスから話しかけられることがなかったため、サロンに参加したことの意味を改めて思い知った。
「さぁ、こちらにいらして。王妃様が貴女に会いたがっているわ」
「お、王ヒッ!? さま!?」
いきなりトップに君臨する女性からのご指名とあり、声がひっくり返る。
隣をふり返ると、カイルは満足気にうなずいた。
ウィヒッツ夫人に誘導され、私たちは会場内を進む。
途中、聞き覚えのあるがなり耳に飛び込みふり返る。予想過たず、そこに立っていたのは作家のコダールだった。気づかれぬよう、さっさとそこを通り過ぎる、刺すような視線が背中に飛んできた気がしたが、気のせいだと思うことにした。
やがてひときわ典雅な輝きを放つ一団のところへと辿り着く。
その中央に立っていたのは、本日の主役である王妃タバフ=エッダカッハであった。
(女神……!)
間近に見る王妃陛下の放つ圧倒的存在感に私は息を飲む。
慌てて頭を下げたものの、心臓は激しく鼓動を打っていた。
(格が違う……)
自分はこの人の夫からの寵愛を望んでいる。それを思うと、今更ながらひどく罰当たりで畏れ多い気持ちがしてきた。
「ミューリ嬢、並びにロード・カイル、私の生誕の宴によく来てくださいましたね」
柔らかで高貴な声。顔を上げると神々しい眼差しが私を見下ろしていた。
「本日はお招きにあずかり、光栄に存じます」
「ふふふ、そう固くならないで、ミューリ嬢。あなたの評判は私の耳に届いておりますわよ」
(評判!)
なんとなくギクリとなる。私が『陛下と結婚する』と言っていたことは、カイルしか知らないはずだ。けれど、天上の存在であるかのような王妃に言われると、全てを見透かされているような気持ちになってしまった。
私はカイルを盗み見る。カイルは涼しい顔で、静かに隣に控えていた。
ふいに、私の両手が優美な掌に包まれる。
「っ!」
王妃に手を取られたことに、私は息を飲んだ。
「貴女の唇はとても豊かな言葉を紡ぎ出すそうね。数多の芸術家が、貴女からインスピレーションを得ているともっぱらの評判よ。この国の芸術の発展のために、これからもよろしくお願いするわね」
「は、はい!」
「それから」
王妃はウィヒッツ夫人を一度見やる。それに対し侯爵夫人は口端を上げうなずいた。
「ウィヒッツ夫人からの推薦なのだけど、貴女さえよければ私の側に仕えてくれると嬉しいわ。一度考えておいてくださいましね」
側に仕える、つまり王妃の侍女となるよう直々に言われたのだ。
「勿体なきお言葉」
膝が震える。
「感謝に堪えません」
しかし、すぐにカイルは喉の奥でクックッと笑い出す。
「まぁ、無理もないよなぁ。腹立つもんなぁアイツ。俺だって目の前で身内をそんな風に言われたら、黙っていられたかどうか」
「咎めないの?」
カイルは大きく息をつきながら、椅子にドスンと腰を下ろした。
「確かに陛下と親交の深い人間を怒らせてしまったのは悪手だが、同時に公爵夫人を含む女性陣からすれば痛快な出来事だったわけだからな」
カイルの青い瞳が私を見る。
「五分五分ってところか」
「つまり?」
「分からん」
カイルが首を横に振ると、栗色の前髪がさらりと揺れた。
「吉と出るか凶と出るか。それはもうじき開催される、王妃タバフ=エッダカッハの生誕を祝う舞踏会に招待されるかどうかでわかるだろう」
「……招待されなかった場合は?」
「残念ながら、王の褥への道は絶たれたことになる」
「そんなぁ」
王妃様の生誕を祝うパーティーには、国中のありとあらゆる貴族が招待される。私も社交界デビュー以来毎年招かれている、盛大な舞踏会だ。
それに招待されないのは、王家からよほどの不興を買ったという証明に他ならない。当然ながら、他の貴族たちからもあまりいい目では見られなくなる。ここまで積み上げて来たものが水の泡だ。
「ど、どうしよう! もしも招待状が届かなかったら」
「今更じたばたしても始まらん」
カイルは立ち上がると、すり抜けざまに私の頭をそっと撫でる。
「祈りながら待つとしようぜ」
部屋を出ていくカイルののんきな後姿を見送りながら、私は少し不思議に思う。
(カイル、怒らないの? 私が陛下に嫌われれば、カイルの夢も断たれるのに)
王宮から舞踏会への招待状が無事届いたのは、それから二週間ほど経った日のことだった。
舞踏会当日、私はカイルとともに王宮へと参じた。
今日の私は、碧いドレスを着ている。カイルの見立てだ。
「ミューリ嬢」
フロアに足を踏み入れた私に声をかけてきたのは、女流作家のウィヒッツ侯爵夫人だった。
型通りのあいさつを交わしながらも、私の心はフワフワと浮き立つ。社交界では、目下から声をかけることは許されない。目上の人間から話しかけられ、初めて会話をすることが許されるのだ。今までこういった場で侯爵夫人クラスから話しかけられることがなかったため、サロンに参加したことの意味を改めて思い知った。
「さぁ、こちらにいらして。王妃様が貴女に会いたがっているわ」
「お、王ヒッ!? さま!?」
いきなりトップに君臨する女性からのご指名とあり、声がひっくり返る。
隣をふり返ると、カイルは満足気にうなずいた。
ウィヒッツ夫人に誘導され、私たちは会場内を進む。
途中、聞き覚えのあるがなり耳に飛び込みふり返る。予想過たず、そこに立っていたのは作家のコダールだった。気づかれぬよう、さっさとそこを通り過ぎる、刺すような視線が背中に飛んできた気がしたが、気のせいだと思うことにした。
やがてひときわ典雅な輝きを放つ一団のところへと辿り着く。
その中央に立っていたのは、本日の主役である王妃タバフ=エッダカッハであった。
(女神……!)
間近に見る王妃陛下の放つ圧倒的存在感に私は息を飲む。
慌てて頭を下げたものの、心臓は激しく鼓動を打っていた。
(格が違う……)
自分はこの人の夫からの寵愛を望んでいる。それを思うと、今更ながらひどく罰当たりで畏れ多い気持ちがしてきた。
「ミューリ嬢、並びにロード・カイル、私の生誕の宴によく来てくださいましたね」
柔らかで高貴な声。顔を上げると神々しい眼差しが私を見下ろしていた。
「本日はお招きにあずかり、光栄に存じます」
「ふふふ、そう固くならないで、ミューリ嬢。あなたの評判は私の耳に届いておりますわよ」
(評判!)
なんとなくギクリとなる。私が『陛下と結婚する』と言っていたことは、カイルしか知らないはずだ。けれど、天上の存在であるかのような王妃に言われると、全てを見透かされているような気持ちになってしまった。
私はカイルを盗み見る。カイルは涼しい顔で、静かに隣に控えていた。
ふいに、私の両手が優美な掌に包まれる。
「っ!」
王妃に手を取られたことに、私は息を飲んだ。
「貴女の唇はとても豊かな言葉を紡ぎ出すそうね。数多の芸術家が、貴女からインスピレーションを得ているともっぱらの評判よ。この国の芸術の発展のために、これからもよろしくお願いするわね」
「は、はい!」
「それから」
王妃はウィヒッツ夫人を一度見やる。それに対し侯爵夫人は口端を上げうなずいた。
「ウィヒッツ夫人からの推薦なのだけど、貴女さえよければ私の側に仕えてくれると嬉しいわ。一度考えておいてくださいましね」
側に仕える、つまり王妃の侍女となるよう直々に言われたのだ。
「勿体なきお言葉」
膝が震える。
「感謝に堪えません」