「も、申し訳ございません!」
 私は慌てて(ひざまず)き許しを請おうとした。しかし彼女は私の腕を掴み、それを止めた。
「ショーアイ公爵夫人?」
「く……くくく……」
 ショーアイ夫人は口を押さえて笑っていた。
「お、おかしくって……」
 公爵夫人は扇で顔を覆う。
「あの傲慢な男が、あんなに取り乱して……ぷっ、くくく……」
「あ、あの……」
「ごめんなさいね、不愉快な思いをさせてしまって」
「い、いえ、こちらこそ」
 ショーアイ夫人の反応に、私は戸惑う。
「その、怒っておられないのですか?」
「いいえ、胸のすく思いがいたしましたわ」
 ショーアイ夫人は肩をすくめる。
「確かに私は彼の支援者です。けれどあの男は年を経るごとに増長し、もううんざりしていましたの。何かと言えば、女、女と下に見て、私にまで暴言を吐く始末。支援を切ろうと思いましたけど、国王陛下のお気に入り故、それも簡単ではなくて」
「あ……」
「貴女をサロンへ招待するよう私に強く勧めたのも、近頃評判の高い貴女を皆の前でこき下ろすことで、優越感を得たかっただけなのでしょう。嫌な思いをさせてごめんなさいね」
「いえ、そんな」
「今日のことは、あの男にもいい薬になったでしょう。あなたは何も気になさらなくていいわ」
「は、はい、すみませんでした」
「ねぇ、皆様もそう思いましたでしょ?」
 ショーアイ夫人が私と腕を組み、招待客へと向き直る。すると彼女らからは大きな拍手が沸き起こった。
(た、助かった……)
 足の力が抜けそうになるのを、何とか耐える。
(公爵夫人の機嫌を損ねることは免れたけれど)
 コダールは、国王陛下のお気に入りだ。
(悪い評判、陛下に届いちゃうだろうなぁ……)

 ■□■

 ミューリの公爵家での一件は、貴族の間で面白おかしく語られた。元々庶民出身のコダールが不遜な態度で王宮を闊歩していることを、面白く思わない貴族も大勢いたのだ。特に夫人方に対して、不愉快な発言の多い男だったのもあった。
 噂はガレマ11世の元へも届いていた。
「全くけしからんことですぞ!」
 コダールはガレマ11世の執務室に乗り込み、大いに毒づいていた。
「頭空っぽの女が、この私を! 陛下の朋輩たるこの私を! 虚仮にしたのですぞ! 確か、そう、キサット、ミューリ・キサット! たかだか子爵家の女風情が生意気な!!」
 憤るコダールの言葉を半分聞き流しつつ、ガレマ11世は執務を続ける。
「聞いておられるのですか、陛下! あの女は何と、男は下半身で物を考える生き物だと言い放ったのですぞ!? 男を見下しているのです! つまり陛下、貴殿もそこに含まれておるのですぞ!」
「噓はいけないな、コダール」
 ガレマ11世が、仕事の手を止める。
「余の耳には、彼女は『男は』ではなく『貴方は』と言ったと届いておるぞ」
「ぐっ、で、ですが!」
「すまないな、我が朋輩コダール。余は仕事中なのだ。退出してもらえぬだろうか」
 ガレマ11世の思いがけぬ素っ気ない態度に、コダールは不承不承と言った風で部屋を後にする。
 部屋に一人となったガレマ11世は、目を細め楽し気に呟いた。
「中々に興味深い女であることだな。ミューリ・キサットなる者は」