(想像していた以上だった!)
 ショーアイ公爵夫人のサロンに足を踏み入れた瞬間、耳に入って来たのは下品な胴間声だった。招待客の女性を捕まえては、一人一人に胸のサイズや形がどうの、腰つきがどうのと品評し、相手が顔を赤らめ唇を噛み涙を浮かべるのを見て、ゲラゲラ笑っている。
 小一時間も経たぬうち、私のフラストレーションは限界に達しつつあった。
 ストレスをためているのは当然私だけではない。他の招待客たちも、ショーアイ夫人の顔を立て不満を口にはしないものの、鼻白み不快そうに眉を顰めて彼を睨んでいる。
 私がここへ招待されたのは、コダールが私に会いたがっているという理由のはずだった。
 しかし彼は、私を見るなり吐き捨てるように言ったのだ。
「なんだ、ただのちんちくりんだな。噂とはあてにならんもんだ」
 いきなり!
 初対面から、これ!
「ダンサーのように軽やかで? 詩人のように言葉が巧みで? 女優のようで? 女神のようでもある? ギャッハッハッハ! これが? ウァッハッハッハ!!」
 腹を揺すって笑うな、オッサン!!
 いや、私だってその噂は大袈裟と思うよ? けど、本人目の前にそれはなくない?
 けれど私も大人だ。目的のためには自分を抑えられる。
 私は奥歯を噛みしめ、コダールにただにっこりと微笑みを返した。
「そういえばミューリ嬢、私の著作は読んでおられますかな?」
「えぇ、勿論」
 事前に数冊読んだが、確かに彼の作品は素晴らしいものだった。こんな奴が書いたとは到底思えないほどに。ただ、全く心に響いては来なかったが。
「貴方の作品は……」
 苛立ちを抑え込み、彼の作品を賛美する言葉を並べようとした時だった。
「いや、結構! 私の崇高なる作品が、女の頭で理解できようはずもありませんからな!」
 は?
 あまりの言葉に、一瞬頭の中が真っ白になる。
 今、なんて? は?
「貴女にはあれだ、子どもの妄言のようなシュージンあたりのフワフワした空っぽ作品が丁度いい」
 なんて?
「もしくはぺらっぺらの言葉を並べ立て、ろくな思想もないクァンズなどがピッタリだ」
 はい?
「そういえばアイダンがお気に入りでしたかな? 女に都合のいい妄想そのものの奴の作品は、夫に愛されぬ女が一人寂しく我が身を慰めるのに良さそうですなぁ」
 おぉおん!?
「ウィヒッツ夫人の作品は、まぁ、女が書いたにしては読めなくもないが、所詮は女の作品。生意気にも小説らしきものの形にだけはなっているが、我らの手慰みの落書きにも劣る」
 あぁあぁああぁあ!?
「おや、気を悪くされましたかな?」
 私の顔が強張っているのに気づいたのだろう、コダールは楽しそうにニッタリと笑った。
「ははは、仕方ないですなぁ! まぁ、男は理性の生き物、女は感情の生き物と言いますからなぁ! 男のように頭でちょっと考えれば理解できようものが、女はお気持ちだけですぐにキーキーとわめきたてる」
 キレた。
 ブチ切れた。
「まぁ、面白いことをおっしゃる方」
 私は扇で口元を覆い、目を細める。
「確かに私は心で考える傾向にあるかもしれませんわ。でも、貴方は頭で考える方でしたのね? てっきり下半身で考えているお方だと思いましたわ」
 私の言葉に、コダールが固まった。
 招待客たちも皆、毒気を抜かれて私たちを見ている。
 やがて徐々にコダールの顔が赤く染まり、顔つきはガーゴイルのごとき醜悪なものとなった。
「き、貴様ぁ!!」
 唾を飛ばしながら、コダールが私に掴みかかろうとした。私は幼少期からカイルと繰り返していた剣戟ごっこの際の足取りで、さっとそれを躱す。
 目標を失ったコダールは、バランスを崩したたらを踏む。
 その瞬間、招待客の間から「ぷっ」と吹き出す声が聞こえて来た。
「誰だ?」
 コダールは招待客をふり返り、肩を怒らせる。
「今笑った奴は誰だ!?」
 だが、彼に辟易していたサロンの女性陣は、もう彼の機嫌を取る気になれなかったのだろう。くすくすという笑いはさざ波のように部屋中に広がった。
「くっ、ぐぅう……っ」
 コダールは悪鬼の形相で私を睨む。やがて
「不愉快だ!!」
 そう言い捨てると、足を踏み鳴らしながら部屋から出て行ってしまった。
 扉が派手な音を立てて閉まる。
 その瞬間、私は我に返った。
(やってしまった……!!)
 公爵夫人お抱えの作家を。
 国王陛下お気に入りの作家を。
(怒らせてしまった……!!)
 蒼ざめる私に、一つの足音が近づく。振り返れば、そこに立っていたのはショーアイ夫人だった。