カイルの言葉に、私は身震いする。
「え? 本気で? 私が、陛下と出会う?」
「そうだが?」
 十二年もの間、神のように崇め続けて来た憧れの人と、直接顔を合わす?
 想像しただけで、緊張で喉がカラカラになってきた。
「で、でも、あの、心の準備が……」
「準備はピクニック当日までに済ませておけ」
「いや、でも、こんな急に……」
「今更怖気づくんじゃない。お前、陛下と結婚するんだ、って何年言い続けた?」
「!」
 カイルの言葉に、私の胸の奥が跳ねる。
「チャンスが来たんだ、ミューリ。逃げてどうする? この機を逃せば、お前を知ってもらうことなど二度とないかもしれないぞ? いいのか?」
「それは……、良くない」
「なら、腹をくくれ!」
 カイルの強い言葉に私は息を飲み、そしてうなずいた。
「……わかった」
「よし」
 カイルは今後について、てきぱきと説明する。
「明日からは舞台女優ワッザーから、身のこなしをみっちり学べ。ここへ来るよう手配してある。食事は肌つやや髪に良いものを作るよう、料理人に伝えた。残さず食え。睡眠はしっかりとること、夜更かしをするな。出発の日まで、書斎での勉強も怠たるな。それから鏡の前で、最高の笑顔を見つけろ。顔のどこをどう動かしどの角度にすれば、可憐で美しく神秘的な笑顔になるか、徹底的に研究するんだ。いいな」
「えぇ……」
「最高に美しいお前を、陛下に見せつけろ」
「美しい……」
「自信を持て」
 カイルの両手が私の肩にかかった。
「ミューリ、お前は美しい。その肌も、その髪の、その瞳も。今以上に磨けば必ず国王陛下の目に留まる」
 青い瞳がまっすぐに私を見ていた。
「頑張る」
 私がうなずくと、カイルは満足気に笑った。


 国王陛下のピクニック当日となった。
 私たちは昨日からスネイドル家の別荘に到着している。
「うん、天気もいい。風向きも悪くない。これは絶好の出会い日和だ!」
 窓から空を見上げ。うきうきと声を上げるカイルに、私は歩み寄る。
「カイル、本気でこのドレスを着ろって言ってる?」
「お、着替えたかミューリ」
 カイルが振り返り、私の頭から足の先まで確認する。
「うん、完璧に仕上がってるな」
「いや、どこが!?」
 カイルの仕立ててくれたドレスは、流行から完全に外れたものだった。
 薄手でふわふわした布地、体のラインに纏いつくような、ボリュームの全くないデザイン。淡い桃色の生地は、遠目には肌の色と同化してしまいそうだ。
「これじゃドレスと言うより、仮装よ! こんなに体の線がくっきり出るデザイン、下品にもほどがある! てか、ほぼ下着じゃない!? こんなはしたない姿で国王陛下の前に挨拶なんて行けない! 何考えてんの、カイル!」
「ワッザーから教わった演技は覚えているな?」
「覚えてるけど! 今はそんな話してなくて!」
「よし、行くぞ」
 カイルが私の肩にマントを掛ける。
「よし! これから国王陛下の心に、お前の姿を刻み付けるぞ!」
「変態として記憶されるわ!!」

(つ、ついに来てしまった……)
 私とカイルは物陰からそっと顔を出す。
 湖畔では国王一家がゆったりと食事を楽しんでいるのが見えた。
(あぁ、陛下ー!)
 子どもの頃の記憶とは違い、目元や口元に年齢相応の渋みがにじみ出ているが、そこがまたいい。
(やっぱりきれいな顔立ちだな。はぁ、最高に、いい!)
 肉を挟んだパンを口へ運ぶその指先、そして開いた口元もセクシーだ。
 長年の想い人がすぐ目の前にいる。
 勝手にほとばしりそうになる悲鳴を、両手でぐっと抑え込む。
 気持ちが高ぶり、少し泣きそうになってしまった。
(なのに私はこんな、下着みたいな姿で……!)
「ミューリ」
「何!?」
 国王陛下に会うというのにとんでもないドレスを用意したカイルに、私は怒鳴るように返す。
「声が大きい。いいか、今から俺の言う通りにしろ」
 カイルは声を潜め、湖畔を取り巻く森を指差す。
「俺は今から陛下を散歩道へと誘導する。お前は湖の中に入って待て」
「はぁ!? 湖の中に、入る!?」