「ねぇ……、まだぁ?」
「ん……、あと、もう少し。……もう少しなんだ。ん……ああ……出来た」

 そんな声を漏らし、拓斗がようやく伸ばしていた腕の力を抜いた。

 途端に室内が明るく照らされる。拓斗は、私が押さえる脚立を慎重に降りると、ホッと息を吐いた。

「お前さぁ、照明くらい業者の人に替えて貰えよ」
「嫌よ。知らない人を家に入れるなんて。絶対SNSで何か言われるわ」
「だったら、自分で替えようとか思わないわけ?」
「私に、そんな高いところに登れっていうの?」

 手を洗いながら、呆れたようにこちらへ不満をぶつけてくる拓斗に、私は、さらに倍の不満顔を見せる。

「業者は、いや。自分でもできない。それなら、そんなもの買うなっていう話だよ」
「いいじゃない。拓斗がいるんだから」

 私の言葉に、拓斗は露骨に嫌そうな表情を見せた。

「俺は、お前専属の便利屋じゃないんだぞ」
「分かってるわよ。礼美専属だって言うんでしょ」
「それは、そうだが……。あいつは、自分のことは大概自分でやるから、お前ほどに手はかからない」
「私のどこが、手がかかるのよ?」
「人の都合も考えず、突然呼びつける、そういうところだよ。少しは俺のことも考えろよ」
「それは、拓斗が好きで来てるんでしょ。嫌なら来なきゃいいのよ」

 私は、フンっと鼻を鳴らし、呆れ顔の拓斗から顔を逸らす。幼馴染である拓斗と礼美は、何かにつけて私に口うるさく文句を言ってくる。最近の二人の口癖は、「もう少し考えろ」である。

 私だって考えなしに生きているわけではない。むしろ、日々悶々とした憂鬱を抱え、それでも、前に進めるよう考えて行動しているというのに、拓斗と礼美は、すぐに口を酸っぱくする。最近では、担当マネージャーの佐藤が、二人に愚痴を零しているのか、「佐藤さんの気持ちも考えてやれ」と言われる。

 佐藤がなんだというのだ。童顔のせいで、私と対して年齢の変わらなさそうに見える佐藤だが、実は、私よりも十歳も年上。れっきとした大人なのだ。言いたいことがあるなら、ビシリと自分の口で言うべきではないのか。

「お前さぁ、そうやって、佐藤さんにも、いつも突っかかってるんだろ?」
「そんなことないわよっ」
「いーや。嘘だね。この前も、佐藤さん、お前のことで頭抱えてたぞ?」
「何よ、それ?」
「わがままばっかり言ってないで、もう少し大人になれってこと」
「大きなお世話よ」
「じゃないとお前、紺野桜という立場を失うことになるぞ」