私に上から目線で忠告を巻き散らしていた男は、異変に気がついたマネージャーの佐藤と警備スタッフによって、すぐに私から引き剥がされた。

 確かに私は、あいつや、それ以外のファンの落としたお金によって生活をしているが、奴らに育てられたわけではない。歌もダンスも、それこそ営業用スマイルだって、全て、私自身が研究し、レッスンを繰り返して身につけたものなのだ。決して小太りの男が、私を、現在の私にしたのではない。ファンの数が徐々に増えているのは、偏に私の努力の賜物なのだ。

 それなのに奴らは、親か、マネージャーか、はたまた、所属事務所の社長かというくらいに、私との距離を勝手に詰め、身内気取りで話しかけてくる。

 こういう仕事をしているのだから、そんなことは、承知の上だろうという人もいるが、それこそが、おかしな物言いだと思う。

 表に出ているからと言って、どうして私ばかりが、知りもしない人の非常識極まりない態度を、甘んじて受け入れなければいけないのか。

 それは、あのキモ男に限らず、先日のオヤジカメラマンの不躾な視線然り、プライベートのときに偶然出くわす一般人然り。

 表に出て活躍している人間には、プライバシーなんてものは、無いかの如く振舞う人たちは、どうしてそう思うのだろうか。

 私はただ、歌が、ダンスが、お芝居が好きだから、この仕事をしているだけなのに。それがなぜ、プライバシーの壁を乗り越えて、こちら側へ侵入しても良いという免罪符になるのだろうか。

 そんな苛立ちを、手の中の小さな画面を通して友人の礼美へとぶつけると、思いもよらない返事がきた。

“なんで私だけ、他人を受け入れなきゃいけないのよ?”
“あんたの選んだ仕事がそういう仕事だからよ。自分を人に見せる。それで対価を得るのがあんたの仕事なの。キモ男も、オヤジカメラマンもあんたの内を見るための資格があると思っているのよ“
“あいつらにそんな資格、無いわよ”
“あるのよ。キモ男は、あんたを推すためにお金を出しているし、カメラマンは、あんたを売り出すために写真を撮っているの。彼らには、彼らなりの大義名分があるの。まあ、一般人に隠し撮りとかされて、プライベートを好き放題暴かれることには同情するけど、人に見られるって、そういうことよ。本当のあんたを曝け出さないのなら、営業用の紺野桜は、丸ごと見せるぐらいしなきゃ。あんたは、もう少し、自分で選んだ仕事を理解したほうがいいわ”