オヤジカメラマンの気持ち悪い視線に耐えた次の日は、握手会。

 先日リリースした曲のプロモーションを兼ねているので、どんなに嫌でも、笑顔で一日を乗り切るしかない。笑顔の分だけ、私の将来は開けたものになるのだと信じて、私は、スタンバイをする。

 しばらくすると、イベント開始を知らせる合図が響き、それと同時に沢山の足音が近づいてきた。満面の笑みを貼り付けた人たちが、次々と私に向かって手を差し出し、声をかけていく。

「いつも応援しています」
「ありがとうございます」

「大好きです!」
「ありがとうございます」

「マジ、可愛いですね」
「ありがとうございます」

「あー、もう、死んでもいい!」
「いやいや、そんな……」

「この手は、一生洗いません!!!」
「いや、洗いましょ……」

 そんな短いやり取りを何人、何十人と繰り返す。いい加減、たくさんの人に握られ過ぎて、手が変な感覚になってきている。もう、終わりたい。

 会場袖に控えているマネージャーの佐藤にチラリと視線を送れば、直ぐに私の元へ飛んで来た。佐藤は声を顰めて、耳打ちをする。

(「どうした?」)
(「もう無理。たくさんの人に手を触られ過ぎて、手が気持ち悪い」)
(「少し休憩を挟もう」)

 しばしの休憩を挟んで、握手会が再開された。再開直前、疲れから不機嫌になりつつある私に、佐藤は、励ますように無理矢理明るい声を掛ける。

「ほらほら、もう少しだ! 頑張ってこい」
「もう少しって……あと、どのくらいなの?」
「あと四時間程……」

 私の無言の返事を(もっ)て、リスタートを切った握手会の最初の相手が最悪だった。

 私の前へとやってきた少々小太りの男性は、無言で手を差し出した。これも仕事だと割り切って手を握ると、即、嫌悪感が身体中を駆け巡る。

 手汗のびっちょりとした感触が、私の掌を侵食していく。男は、私の手が重なった瞬間、私の手をガッチリとホールドし、ニヤリと笑うと威圧的に、言葉を投げてきた。

「最近のキミの笑顔なに? 営業スマイルなのがバレバレだよ? もう少し自然に笑わないと」

 男の気色悪さに、私は素早く手を引いたが、男の手の中から逃れることができない。必死に、手を引き抜こうとしている間も、男の言葉は止まらない。

「それからさ〜、最近、お肌の調子悪いんじゃない? 潤ってないのが丸わかりだよ。もう少しお手入れに気をつけないと。あと、あの番組の受け答えなに? もう少しファンの事も考えてよ。アレじゃあ、僕、幻滅だよ」