それからの僕は、数週間の間通常の業務をこなすだけの日々が続いた。仕事の都合で一階倉庫をウロウロすることはあったが、仙一氏に会うこともなくいつしかあの地下へ続く扉のことも、忘却の彼方へ……

 などということはなかった。

 一階に行くと、今でも闇の鼓動を感じる。波動よりも生々しさがランクアップしているが、これは僕の生の実感を表現しているものだということを強調しておきたい。

 気になる。しかし、なかなか機会がなく、あの戸を調べる機会は訪れなかった。

 業を煮やした僕は、ある方途を思いついた。

 業務が終わる前、次のシフトが来る前にさっと下に降り、一階の裏口の鍵を開けておくのだ。

 そして引継ぎを済ませ、退勤処理をしたあと何食わぬ顔で戻ってきて一階の本棚の陰にでも潜んでおく。人が来ないか見計らって事に及ぶというわけだ。

 そんな七面倒くさいことをせずとも業務中に開けてしまえば、と思うかもしれないがそうはいかないのである。

 ここの漫喫は店内が狭く、サービスも充実してないので店員のやることが少ない。

 よって基本的にその勤務時間の大部分がワンオペだ。それでもお客さんは毎日一定数来るのでそんなに長く一階にいるわけにはいかない。

 なんとかして勤務時間外に一階倉庫にひそんでいる必要があるわけだ。

 それに、何故か一階の整理を命ぜられることもなくなってしまった。

 もしかして意図的なものなのだろうか? あの時社長の息子に見つかったから?

 その可能性は捨てられないので、せいぜい怪しまれないように行動しておく方が良いだろう。

 僕は退勤前、レジが空く頃を見計らい、素早く一階に降りて鬱蒼とした本棚の森を抜ける。そして裏口の鍵を開けた。

 一瞬の爽快な薄暮の風を受け取り、素早く閉める。戸を開ける必要はなかったのだが、確認と気分の問題だ。

 いがらっぽい、湿った空気のレジに戻ってきて二、三分すると次のシフトが来た。

「おつかれさまです」
「おつかれー」

 僕はなにくわぬ顔で申し送りをする。

 仲本(さっき来た店員仲間だ)は、これから僕が何をするか知らないのだ。いつも通りそそくさと仕事場を出て、ちょっとその辺の商店街をうろついた。

 しばらくして予定通り帰ってきて、素早く裏口から中へ入る。忘れないように鍵を閉めた。

「おお……」

 ひんやりとした空気の蛇が僕の首筋を這い回る。何の変哲もない倉庫内なのだが、なんだかゾクゾクした。