「わあ...」
目の前にある普通の人からしたら普通の一軒家。今日からここに住むのかと考えただけで僕は胸がドキドキしてしまう。
「朝陽、陽菜、こっちだ。」
目の前にある景色に見とれていた僕に父が呆れたように声をかける。
「おいおいそんなんでどうする。今日からここに住むっていうのに。」
なんだか恥ずかしくて慌てて言い訳をする。
「しょうがないでしょ。一軒家なんて初めてだから変に緊張しちゃってるんだよ。それに新しい家族と暮らすんだからしょうがないだろ。」
「そうか。それもそうだな。」
と言い訳を並べる僕に父は苦笑する。そう。何にせよ僕ら工藤家はずっとマンション暮らしだったのだ。両親が離婚してからも僕らは引っ越すことはなく、母親が家から出ていく形になったからだ。離婚の理由は聞いていないがおそらく母さんの不倫かなにかだろう。すると
「賢司さーん、荷物はあとどれくらいありそうー?」
家の中から聞き慣れない声が父の名前を呼んでいる。その声に
「繭さん。もうおおかた片付いたところだよ。」
と父は少し嬉しそうな声で反応する。
「そう!そしたら中に入ってしまいましょう!朝陽くんと陽菜ちゃんもおいでー!」
ありきたりかもしれないが僕らマンション暮らし一家が一軒家に住むことになった理由は親の再婚が理由だ。そして先ほどの聞き慣れない声の正体は僕達の新しい家族、僕と妹にとっては母親となる存在の繭さんだ。繭さんは父さんの話によると、仕事の取引先の相手だったそうでプライベートでも話していくうちに意気投合したらしい。そりゃもちろん再婚の話を聞いたときは驚かなかった訳では無い。だが今まで育ててくれた父が幸せになるならと思い快諾したのだ。新しい環境や出会いにワクワクしたという気持ちもあるし、父さんが選んだ人なのだから優しい人に決まっているとも思った。実際今胸が高まっているのも事実だ。ただ僕には再婚にあたって二つ気がかりなことがある。それが
「..........。」
「陽菜?」
僕の後ろに隠れるように立っている妹の陽菜だ。なぜ不安なのか。それは陽菜が極度の人見知りということ。そして単純に新しい環境でのストレスがかかりすぎないかということだ。陽菜ももう小5とは言え知らない家でほぼ知らない人と暮らすのは負荷が大きい。まして少しまだ幼い部分があるから余計気がかりなのだ。
「陽菜、大丈夫か?」
「......。」
ここに来てから陽菜はずっとだんまりだ。大丈夫だろうかと心配していると
「華!賢司さんたち来たんだから挨拶しなさい!」
玄関から急に大きな声が聞こえ思いがけず体がビクッと震えてしまった。繭さんの声のすぐ先には僕のもう一つの気がかりである女の子が立っていた。
「..........。」
無表情の顔。サラサラで太陽を反射しているような髪の毛にスラッとした体。父によると僕と彼女は同い年の高校二年生だそうで繭さんの娘さんだそうだ。誕生日は一応僕のほうが早いらしい。彼女は結局繭さんの声など届いていないかのように何も言わずそそくさと家の中に消えていってしまった。そんな彼女の様子に繭さんは困ったように
「もう。ごめんね愛想なくて...。」
と肩を落とす。そこですかさず父は
「いやいや、きっと緊張してしまったんだろう。陽菜と朝陽だって結構ガチガチだし。」
とフォローをし、少し凍りかけた空気が戻っていくのを感じた。すると
「..........。」
ふと陽菜の様子が変なことに気がついた。
「陽菜?どうした?」
「陽菜、あの人嫌い。」
憧れの一軒家に到着してからの陽菜の第一声はこの言葉だった。父のフォローによって戻りかけた空気が完全に凍りついたような気がした。僕と父さんがその言葉に凍りついていると
「そうよねぇ。怖い顔してるものねぇ。ごめんね。あの子ったら...。」
すかさず再び優しいフォローが繭さんから入りその場の空気を温める。なんて優しい人なのだろうとほっこりしていると父も同じだったようで
「優しいなあ。」
と一言こぼしている。そんなところに惚れたのだろうかと考えているとふと口角が上がってしまっているのに気がついた。慌てて口角をもとに戻し、父さんに
「繭さんすごくいい人だね。」
とコソッと伝えると
「そうだろう!」
とまるで自分が褒められているかのような笑顔を見せた。この様子だと繭さんにぞっこんなのだろう。すると
「賢司さん、朝陽くん、陽菜ちゃん!ささ、日も暮れてきたしそろそろ家に入りましょう!」
と繭さんに呼ばれた。気が付かなかったが確かに日が沈んできている。今日はひとまずここまでと父さんも作業を中断し家にはいろうとしていたため、僕らも父さんについて行き初の一軒家へと足を踏み入れた。家の中は想像よりもとても綺麗で色も統一されており清潔感で溢れていた。家の中の様子にまた胸をドキドキさせていると色々な部屋へと案内されどこに何があるかなど細かく説明までしてくれた。そしてついに僕達の自室となる部屋の前までやってきた。
「じゃあ二人は同じ部屋でいいって聞いてたから、この部屋使ってね!物置だったからちょっとホコリ臭いかもしれないけど...。」
「いえいえ!全然大丈夫です!お気遣いありがとうございます!」
実際部屋を見てみると二人で過ごすにしても十分な広さだった。マンションにいた頃よりも広く感じる。いや、実際マンションのときより広いだろう。
「大切に使おうな。」
と胸をワクワクさせながら陽菜と話しているとふと思い出した。僕は部屋に行く際に隣の部屋の中が見えてしまった。ドアが開いていたからしょうがないとも言える。少し散らかった部屋の奥にあったベッドの上に女の子の姿があった。それはヘッドフォンをした華ちゃんだった。彼女はなにか物憂げに窓の外を眺めていた。思い出した僕は隣の部屋に吸い寄せられるように進んでいった。やはり彼女はベッドの上に座り何かを聴いているようだった。体制は変わっていて物憂げな表情が更に見えるようになっていた。その表情をみて僕は素直に綺麗だと思った。気づかぬうちに見とれてしまっていたのだろう。彼女がこちらに気づき表情が一変した。そして
「何。」
と一言。さっきの表情はどこへいってしまったのやら。まるでゴミを見るような、邪魔だ目障りだというような目で言われてしまった。
「あ、なんでも、ない、です...。」
僕はそれしか言葉が出なかった。それと同時に激しい羞恥心と絶望が襲いかかってきた。僕はどんな顔をして彼女を見ていたのだろうか。年頃の女子の部屋を覗くとも言えるような行動をしてしまった。本人からすれば新しく家族になったとはいえほとんど知らない男に部屋を覗かれ、更にはまじまじと顔まで見つめられて気持ち悪いに決まっている。それからの家族の何気ない会話は全く頭に入らなかった。きっと魂の抜けたような返事をしてしまっていただろう。僕はずっと彼女のことを考えてしまっていた。さっきのあれで嫌われたのではないだろうか、もう仲良くはなれないだろうか、と。それと同時になぜあんな表情をしていたのだろう、何を考えていたのだろう、彼女はどんな表情を見せるのだろう、とも思っていた。我ながら気持ち悪いが純粋に気になったのだ。そんなことを考えているとあっという間に一日が終わった。初日がこんなんでどうする...と思ったが何はともあれこうして僕の新生活が始まったのだった。


思えばこの会話がきみとの初めての会話だった。
僕は君とは仲良くなれないかもしれない。そんなことを思った日だった。だけど僕の人生を大きく変えた日でもあった。