「それからその人とはどうなったの?」
「赤紙が届いてね。戦地に赴いていったわ」
「えっ……じゃ……気持ちは? ひいおばあちゃんの気持ちは伝えたの?」
「……伝えなかったわ」
「どうして!?」
「その人の重荷になってはいけない……とも思ったから……」
「重荷……?」
「そう。お国のために戦地へと赴く人だもの。私なんかの気持ちを伝えて、万が一にも戦うことに支障をきたすようなことになってはいけないでしょ」
「……」
「……って、いうのは……都合の良いいいわけね。本当は……伝えられなかったの……」
祖母は哀しげに俯く……。
「意気地なしで……最後の最後まで伝えることが出来なかったの……。ふられるのが怖くてね……。
あの人が出征してからはあの人に抱いた想いを必死に忘れようとした。伝えられなかった想いをいつまでも抱き続けていても苦しいだけ……そう、思ったから……。でも、駄目だった……。忘れようとすればするほどあの人と過ごした日々が色鮮やかに頭の中に蘇えってきて、想いは募ってゆくばかりだった……。
私はあの人の無事を祈りつつ、ずっと想い続けながら、あぁ、どうしてあの時、伝えなかったんだろう……って、後悔ばかりしてた……。
そうしているうちに本土への空襲はどんどん増えて激しくなって、あの人と過ごした河川敷の橋も壊れてしまったわ……。
そして……終戦を迎えたの……」
「……ひいおばあちゃん……」
「もし、あの人にもう一度逢うことが出来たら……今度そこ、伝えよう……と決心して、あの人が無事を願い、空襲で橋は落ちてはしまったけれど、2人で過ごしたあの河川敷であの人の帰りをひたすら待ち続けたの」
「それで……その人……は、どうなったの……?」

菜月の問いにふみは優しく水面を見つめるように遠くを見つめ、1つ、小さく息を吐いて口を開いた……。
「……あの人は……」
「おーいっ!」
曽祖母の言葉に男性の言葉が重なった。
声のした方へとふみと菜月が目線を向けるとそこには、半袖の白色のYシャツに黒色のクラックス姿の白髪まじりの老人男性が立っていた。
「ひいおじいちゃん!?」
菜月はびっくりして声を上げ、ふみを支えながら曾祖父の元へと向かった。
「ひいおじいちゃんまで、どーしたの!?」
「なっちゃんの家に行ってから、お墓参りに出かけたんだが、お墓参りの後、少しだけ近くを散歩したいからと、言われて菜月の家に戻ったのはいいが……あまりにも帰りが遅いから菜月のお母さんと一緒に探しに来たんだよ」
「ママもいるの?」
「あぁ……。ほら、あそこに」
曾祖父は後方を見つめ、指を差した。
その先にはグレーの車が河川敷道路の端に停車し、その側に紺色のシャツに白いパンツ姿の菜月の母親が立っていた。
菜月に気づいた母親は軽く手を振った。
「ホントだ……」
「ごめんなさいね。すぐ、戻るつもりだったんですけど……」
「無事ならそれでいい」
「心配かけて、本当にごめんなさい」
「謝らなくていい。久しぶりに友達の墓参りに行ったんだ。いろいろ思うことがあったんだろう」
申し訳なさそうにするふみに曾祖父は言葉こそキツめな言い方だが、瞳は安堵の色を映していた……。
「……まさか、こんなところにいるとは……懐かしい風景だ……」
河川敷を見つめながら曾祖父は小さな声で呟いた……。
小さな声にもかかわらず、菜月の耳には届いていて、驚きの声を上げた。
「えっ、ひいおじいちゃんここに住んでたの?」
「あ、いやいや、ここではないが学生時代によく河川敷の橋の袂で本を読んでいたんだよ」
「そうなの」
「あぁ。だが、今はもうその端はないんだ」
ーーあの人と過ごした河川敷の橋も壊れてしまったわーー
不意に菜月の頭の中にふみの言葉が蘇った。
「……空襲で落ちたから」
「……なっちゃんがどうしてそれを……」
「ひいおばあちゃんが言ってたもの……」
驚きながら曽祖父はふみの顔を見た。
「曾孫に若い時の話をせがまれて……」 「ま、さか……」
「そっか、そーだったんだ! ひいおばあちゃんの初恋の人って、ひいおじいちゃんだったんだ」
橋の話と2人のやり取りを目にして菜月はピンときたのだった。
「なっ……」
菜月の言葉に曾祖父こと片岡 優三は赤面し、言葉を失った……。
「ふふっ」
ふみは口元を緩めて、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「も、戻るっ!」
優三は赤面したまま、一言そう叫ぶとずんずんと大股で歩き、車の方へと向かっていった。
その後姿をふみは愛おしそうに見つめた後……菜月へと向き直った。
「なっちゃん」
「なに?」
ふみは菜月の手を取り、両手で優しく包み込み、真っ直ぐに見つめた。
「今は戦争もしていないし、想いを伝えようと思えば、いくらだって方法はあるみたいね……。もちろん、自分が決心すれば……。私はたくさん後悔をしてしまった……けれど運よく想いを伝えることができたわ。でも、そうならないことだってあると思うの。だから……後悔だけはしないように……ね」
「うん」
菜月が力強く頷き、笑顔を浮かべるとふみも笑顔になり、2人は微笑むのであったーー……。


翌日ーー。
菜月は七分袖のシャツに黄色のショートパンツ姿で早々に家を出た。
ドキドキと、早く大きく打ち続ける鼓動がやけにうるさく、息苦しさを感じる中、一歩、また一歩と歩を進めてゆく。
早く、早く……!
河川敷へと続く道を歩くもいつも以上に歩みが遅く感じてしまった……。
やっとの思いで河川敷に着くとそこにはすでに橋の袂で本を読む田口がいた。
ひいおばあちゃんと久しぶりに再会した日と同じ水色のTシャツに黒色のチノパン、スニーカーという装いで、「田口くんは水色のTシャツがよく似合うな……」と、改めて菜月は思った。
菜月は足早に田口の元へと向かい、いつものように挨拶を交わして、田口の隣へと腰を下ろした。
そして……。
「好き……」
菜月は真っ直ぐに田口を見つめ、言葉を紡いだ。
「私……田口くんのことが好きです」
「えっ」
菜月の言葉を耳にした途端……田口の頬が一瞬にして朱に染まっていった。
ふみの言葉に突き動かされ、菜月は自分の想いを田口に伝えたのだったーー……。