えっ……。

ふみは息を呑んだ……。

ど、うして……。

お店のお手伝いで少し距離のあるお客さんの元へと自転車を走らせて商品を届けに行った帰り道、ふみは突然の夕立に見舞われた……。
激しく降り出した雨の勢いは凄まじく、一時的に何処かに雨宿りした方がいいと判断し、河川敷にかかる橋の袂へと駆け込み、一息つく。

ふぅ……。
良かった……。

髪の毛や服はぐっしょりと濡れた髪の毛や服をハンカチで拭きながら胸を撫で下ろした瞬間、ふみはある1人の人物が目に留まり、驚いた……。

その人物は約1ヶ月前、ふみが怒りの感情を抑えきれず、河川敷の橋の袂で大声を出した時に側にいたあの男子学生だったからだ。

や、だっ……。

ふみは咄嗟に自転車の向きを変えて、男子学生から逃げるように土砂降りの雨の中へと駆け出そうとした。

「待てっ!」

自転車のハンドルを握りしめていた手を男子学生に掴まれた……。

「雨宿りするために来たんじゃないのか?」
「えっ、あっ……」
「まだ、雨が激しく降ってる。ここにいろ」
「だい、じょうぶです! 自転車もあるし」
「大丈夫なわけないだろう」
「大丈夫と言ったら大丈夫です!!」
「壊れているのに?」
「えっ……」
「チェーンが外れてる」

男子学生の言葉に思わずふみは自転車のサドル下から後輪にかけてかかっているチェーンを見ると確かに男子学生が言った通りチェーンが外れていた。

……いつの間に?
それまでは何ともなかったのに……。
もしかして、河川敷を下りる時に外れちゃったのかな……。
慌てて下りてきたから?
振動が激しかったものね……。

ほぼ整備がされていない野放し状態の河川敷は所々でこぼこしている箇所があった。
降りしきる雨の勢いにふみは少しでも早く雨宿りをしようと急いでいたこともあり、その度にふみの自転車は跳ね上がっていたのだった。

「自転車があるから……と、言ってもそれじゃ、乗ることはできても漕げないだろ?」

そう、言うなり男子学生はふみの手を掴んでいた手を離すと、さっと自転車の側にしゃがみ込んで外れたチェーンに手をのばした。

「手、汚れちゃいますよ!」
「だから?」
「えっ?」

……だから……って、なに?
どういう意味……?

男子学生の言葉の意図が分からず、怪訝そうに眉を寄せるふみに対して男子学生は手を動かしながらさらりと言ってのけた。

「直さないと乗れないだろ?」
「ーーっ!」

……確かに。

ごもっともなことを言われて、ふみは返す言葉がなかった……。

「それと俺の手が汚れることは気にしなくていい。雨が止むまでには直すから」

男子学生はふみを見ることなく言葉を紡ぎ、手を動かし続けた。

そして……。

「ーーよし、直った」

ものの数分で外れたチェーンを直し終えると男子学生がすくっと立ち上がった。

「あ、のっ!」

汚れた手をハンカチで拭いてもらおうとふみは慌ててスカートのポケットから自分のハンカチを取り出すが……
「持っている」と、静かに言われてしまった……。
男子学生の冷たい一言に少ししょんぼりしながらふみが自分のハンカチをスカートのポケットへと仕舞い込んでいる間に男子学生は川辺に行き、手を洗うとゆっくりと川辺から戻ってきた。

「あ、ありがとうござい……くしゅん!」

お礼の言葉を口にするも、その言葉は最後まで紡ぐことができずにくしゃみに変わってしまった……。

えっ……。

ふみがくしゃみをして、ものの数秒のこと……肩に何かが(・・・・)がかけられ、ふみはびっくりし、男子学生を見た。

目の前にいる男子学生はいつの間にか白色のシャツ姿になっていて、ふみは黒色の学生服を肩から羽織らされていることに気がつき、声を上げる。

「濡れちゃう!」
「びしょ濡れのやつが何を言ってるんだ。嫌でなければ着てろ」
「で、でも……」
「いいから。風邪ひくぞ!」
「それをいうならあなたは? 寒くないの?」
「俺は雨に濡れてないから寒くない。さっきも言ったが、俺のことは気にするな。大丈夫だ」
「あ、ありがとうございます」
「あぁ……」

コクッと、男子学生は頷くとそれからはお互いに言葉を交わすことはなく、降りしきる雨がやむのを待ったーー……。