時は76年前に遡るーー。

桜の花びらが舞い散る卯月のある日の昼下がり。

│杉村《すぎむら》 ふみは綺麗に結い上げた漆黒の三つ編みの髪の毛を揺らしながらズンズンと大股で歩き、河川敷の橋の(たもと)へとつくなり、大声を張り上げた。

「お父さんのわからずやー!! 甘くなくてもいいじゃない!!」

はぁはぁ……。

あらん限りの声で叫んだためにふみの肺は新鮮な空気を求めて肩が上下に忙しなく動き、息を整えようとした矢先……。

「クスッ……」

えっ……?

微かな笑い声を耳にして、ふみの鼓動がドキリと跳ねた。

……ま、さか……。

嫌な予感を感じながら、そーっと声のした方へと振り向くと、橋の(たもと)の河川敷の斜面に腰を下ろした学生服に身を包んだ1人の男子学生がいて、さらにふみの鼓動が大きく跳ね上がった。

き、聞かれたっ!?

「悪い。笑うつもりは……」

男子学生は口元を手で押さえて、やや俯き加減にふみから視線を逸らしながら申し訳なさそうに詫びた。

やっぱり!!

ふみが思っていた嫌な予感は見事に的中し、その途端、カーッと身体(からだ)を流れる血液が一気に沸騰したかのように熱を帯びて、全身を駆け巡ったと同時に駆け出していた。

恥ずかしい、恥ずかしいすぎるっ……!!

顔を茹でダコのように真っ赤に染め上げ、全速力で走りながらふみは心の中で叫んでいた。

まさか、人がいただなんて……。
河川敷の橋の下は誰にも見えないし、誰もいないって勝手に思い込んでた私のバカ!
あーぁ、いくら腹がたってたっていっても、あたりにも軽率すぎ……。
もう、恥ずかしくて行けないよ……。
あの学生さんには二度と会いませんように。

ふみはそう、強く願ったーー……。