「ーー田口くんって、いろんなジャンルの本読んでてすごーく博識なの。私がいろんなこと聞いてもイヤな顔1つもせずに丁寧に分かりやすく教えてくれるんだ。その時の田口くんの顔……すごくイキイキしてて楽しそうなの。その顔見てると私まで楽しくなっちゃうんだよ」

菜月の表情や声のトーンからふみは菜月が田口のことをとても大切に想い、好意を抱いていることをひしひしと感じた。

「そうなのね」
「うん」

菜月は声を弾ませて頷いた後、ハッとした。

「ひいおばあちゃん、今話したこと……お母さんには内緒ね!」

菜月はパンと勢いよく自分の顔の前に両手を合わせて、ふみに懇願した。

「あっ、お父さんにも!!」
「はいはい。二人だけの秘密にしましょうね」
「絶対に。絶対!!」

菜月はふみに両親に田口に恋心を抱いていることを言わないように念押した。

「はいはい」

ふみはやんわりと微笑みを浮かべて言い、顔の前に両手を合わせている菜月の手を両手で優しく包み込んだ。

「なっちゃん」
「なに?」
「大切になさいね、その想い(きもち)。そして……」

一呼吸を置いてからふみは微かな声で呟いた……。

「……後悔だけはしないように……」
「……っ……」

ほんの一瞬、ふみの表情がとても哀しく菜月の瞳に映った……。

「……ひい……おばあちゃん……?」

菜月はふみの様子を伺うように躊躇(ためら)いがちに声をかけた……。

「はぁーい」

返事をしたふみの顔はとても穏やかでほんの一瞬でも哀しい表情を浮かべていたとは思えなかった……。

……やっぱ、気のせいだったのかな?

けれど、ふみの今にも消えてしまいそうなくらい小さな声はハッキリと菜月の耳に届いていた。

ーー……後悔だけはしないように……ーー

何故、そんなことを言ったのだろう……?と、思い、その疑問を解決すべく菜月は問いを口にするも……。

「どうして、そんなこと言っ……」
「帰りましょ」

菜月の言葉を遮るようにふみが言葉を重ねた。

「ねっ、なっちゃん」

そして、菜月に向かってにこやかに微笑み、ふみは歩き出した。

「待って、ひいおばあちゃん!」

菜月は咄嗟に叫んだ。
まだ、ふみが微かな声で呟いた言葉が気になってはいたが、さっきのふみの様子から『聞かないで』と、言われているような気がした菜月はその問いを飲み込み、話題を変えた。

「ねぇ、ひいおばあちゃんの初恋って、どんな感じだったの?」
「えっ?」

思いもよらぬことを聞かれてふみはピタリと足を止め、驚きの表情で菜月の方へと振り返った。

「私の初恋バレちゃったんだもの、ひいおばあちゃんの初恋はどんなだったか、知りたいなーって」
「……私の?」
「そう! ひいおばあちゃんの初恋。私、聞いたことないんだもん。ねぇ、どんなだったの? 教えてよ」

菜月は興味津々とばかりにふみとの距離をつめた。

「そう言われても……もう何十年も前のこと……聞いてもつまらないですよ」
「そんなことないよ! お願い、ひいおばあちゃん教えて!」
「……」
「ねぇ、ねぇ」
「……」
「お願い!!」
「……分かったわ」

しきりに頼み込む曾孫姿にとうとうふみは根負けし、小さく息を吐いた後……了承すると共に
「なっちゃん、ここは暑いし、あそこでお話しましょ」
と、橋の(たもと)を示した。


「それでそれでひいおばあちゃんの初恋って!?」

再び、橋の(たもと)に戻ってきた夏希はさっきいた場所に腰を下ろして、背中に背負っていたリュックサックを自分の側に置くなり、声を弾ませながらふみに尋ねた。

「はい、はい。そんなに慌てなくてもきちんとお話しますよ。私の初恋は、ね……」

ふみはやや苦笑いを浮かべながら日傘をたたむと菜月の隣に腰を下ろし、ゆっくりと言葉を紡ぎはじめたーー……。