夏の昼下がり。

片岡(かたおか) ふみは日傘をさし、じわりと汗が滲む額を時折ハンカチで拭いつつ、杖をつきながら河川敷の道をゆっくりと歩いていた。

ーーあら……。

ふと、何気なく目線を向けた先に真夏の強い日差しを避けるように河川敷の橋の(たもと)で仲睦まじく男女が楽しそうに談笑していた。
その姿はなんとも微笑ましくもあり、また懐かしくもあった。

……十六、七……歳、くらいかしら……?

そんなことを思いながら見つめていると……ふみから見て奥側に座っていた女の子がすくっと立ち上がって、突然声を上げた。

「ひいおばーちゃんっ!」
「えっ……」

……まさか、曾孫だったなんて……。

ふみがいる場所から曾孫ー片岡(かたおか) 菜月(なつき)までは数メートルの距離があり、髪型や服装で男女ということは区別することが出来たが、それが誰かという人物を特定するまでは至らなかった……。

いきなり声をかけられてびっくりしているふみの元へと側に置いていたペットボトルや手にして本を素早く鞄へとしまいこみ、自転車を押しながら青年と菜月が揃ってやってきた。
ふみが挨拶をするよりも早く青年が先に挨拶をして軽く会釈をした。

「こんにちは」
「こんにちは」

ゆったりと挨拶を返して、ふみは改めて目の前に立つ青年を見つめた。

漆黒の短く切り揃えられた髪。
柔らかな曲線を描くようにすーっとひかれた眉に漆黒の瞳。
鼻筋の通った鼻と薄い唇。
温和な顔立ちの長身の青年で水色のTシャツがよく似合っていた。

「ひいおばあちゃん、こちらは同級生の田口(たぐち) 航一(こういち)くん。田口くん、お父さん方のひいおばあちゃん」
「はじめまして、田口です」
「はじめまして。菜月の曾祖母(そうそぼ)です。楽しく話しているところお邪魔してしまったみたいで悪いことをしてしまったわね……」
「いえ、そんな……そろそろ塾の時間だったので……」
「あら、そうなの」
「はい。なので僕はこれで失礼します。じゃぁ、またな、片岡」
「うん、またね」

ふみと菜月に軽く会釈をし、田口は肩にかけた肩掛け鞄を自転車の籠に入れてから、ふみが来た道とは反対の方向に向かって自転車を漕ぎ出した。
あっという間に小さくなってゆく田口の背中を菜月は見えなくなるまで愛おしそうに静かに見つめていた。
すると……隣にいたふみがぼそりと言葉を紡いだ。

「……お慕い……してるのね」
「えっ?」
「想いを寄せているのでしょ?」

柔らかな微笑みを浮かべてふみが菜月を見つめた。

「な……な、に言ってるの、ひいおばあちゃんっ!」
「……初恋……かしら?」
「えっ、あ……そっ、それは……」

顔を真っ赤に染め上げ、あたふたするも必死に平然といようとする菜月であったが、自分でも分かるくらいのバレバレの態度に「はぁ……」と、小さくため息をついた後、あっさりと認めた。

「……そう、ひいおばあちゃんのいう通り、初恋……だよ」

やや俯きながら菜月はまるで独り言を呟くように言った。

「彼……田口くんとは中学2年生の時に同じクラスになったの。さっきみたいに最初からこんなに話をする仲じゃなかったんだ」
「そうなのね」
「うん。物静かでいつも本を読んでて、同級生と話してるとこも見たことなくて……だから、ちょっぴり話しかけづらいなーって、思ってたんだ。だけどね……」

中学2年生の頃のことを思い出しているのだろう……。
菜月は頬を赤く染めたまま、懐かしそうに目を細めてぽつりぽつりと言葉を紡いでいったーー……。