「ぶわはははは! やった! やりおったこやつ! まさか本当に兄の新婚旅行について行こうとするとは!」

 ルシウスは家出先の王宮で、兄の学生時代の先輩だった王女様に大爆笑された。

 解せぬ。
 ありのままを話しただけなのに、なぜここまで笑われなければならないのか。

「くっそ、賭けはお前の一人勝ちかグレイシア!」

「さすがのルシウスも、分別くらいつくと思ったのだがなあ」

「残念でしたね、父上、おじい様。ガスター菓子店のショコラ詰め合わせ、大箱はわたくしがいただきました!」

 しかもこの王女様、ブラコンのルシウスが兄の新婚旅行に行こうとするかしないかを、王様や先王様と賭けていたようだ。

 しかもショコラ大箱って五段重ねのお高いやつじゃないか!

「勝手に僕のことで賭けなんてやめてもらえます? ガスター菓子店のショコラは僕も半分要求します!」

「仕方ない、一段くらいならお前にも分けてやる」

「半分ー!」

「はははは、聞こえなーい」

 軽くいなされて、そのままソファに座らされた。

 良い子の姿勢で待っていると、即座に侍女たちがお茶とお菓子のセッティングを整えてくる。

 茶菓子はお高いチョコレートだった。さすが王宮、当たり前のように出てくる。



 ここはアケロニア王国の王都、王宮内、グレイシア王女様の執務室だ。

 家で父に怒られて不貞腐れたルシウスは、部屋に閉じ込められたままではいなかった。

 愚痴を言う相手を求めて、昔から兄弟で世話になっている年上の友人の王女様のところまで避難してきたのだ。

 そうしたら話を聞きつけた王様テオドロスと、先王様ヴァシレウスまでやって来た。

 しかもこの王族三人、ルシウスが兄の新婚旅行に行くか行かないかで賭けなどしていた。

 ひどい。ルシウスの兄への愛を何だと思っているのか。



 アケロニア王族の皆さんは、ほとんど全員が黒髪黒目、切れ長の目に端正な顔立ちの男前だ。
 豊かな長い髪の王女様も例外ではない。

 イケメン顔だが美人でお胸も大っきな王女様は、ルシウスの隣に座ってニヤニヤとルシウスの青みがかった銀髪の頭を小突いた。

「それでメガエリスに殴られたのか。可愛い息子を殴らねばならなかった父も哀れよな」

 グレイシア王女様が、ルシウスのちょっとだけ赤くなった頬を指先で撫でて笑っている。

 この子供は赤ん坊の頃から知っているが、クソがつくほど丈夫なので、多少殴ったぐらいでは怪我などしない。

 年のわりに小柄で、顔だけは麗しく可愛らしい。
 親バカで溺愛しているはずの父親がぶん殴ったということは、さぞ苦渋の決断だったのだろうなあと思う。

「ルシウス。私と父は、いくらお前でも新婚旅行まで一緒に行きたいなどとは言わないだろうと思ってたのだぞ?」

「テオドロス様、それ僕のせいなんですか?」

 グレイシア王女様の父、王様のテオドロスには苦笑されてしまった。

「まあ、お前への理解が足りなかった。それは認めよう」

 詫びだと言われて、グレイシア王女様のおじい様である先王様のヴァシレウスからは、彼の分のお高いチョコレートを頂戴した。好き。



火力強めで一騎当千のやつ

 何で一介の伯爵家の息子に過ぎないルシウスが王宮に来れて王女様たちに会えるかというと。

 まず、グレイシア王女様はルシウスのお兄ちゃんの学生時代の先輩である。

 ルシウスは幼い頃から兄にくっついていたので、自然と王女様とも仲良くなっていた。

 何で王女様のお父様の国王様と、おじい様の先王ヴァシレウス様とも仲が良いかといえば、こちらは父メガエリスが魔道騎士団の団長だった縁からである。

 メガエリスはルシウスが物心つく頃に妻を亡くしているので、母親のいない幼いルシウスを連れて子守り代わりに騎士団員たちに相手させていた時期があった。

 それで自分の鍛錬や執務の気分転換のために騎士団の練兵場へやってくる国王様や先王様とも親しくなっていったわけだ。

 それ以外にもひとつ、大きな理由がある。

「ルシウスー。他国の国境で魔物が大量発生してて、うちの国にも救援要請が来てるんだ。でも今の時期、他国にあんまり人員出したくないんだよな。どうしたらいいと思う?」

 王女様が書類片手に聞いてきた。

「何人欲しいとか人数の指定がないなら、火力強めで何人分も働ける人を少人数派遣したらいいんじゃないですかー?」

 ルシウスはとても勘がいい。

 具体的にはステータスに“絶対直観”という珍しいスキルを持っている。
 物事を正しく直観する能力で、絶対と付いてるわりに絶対でもないが、なかなか精度が良い。

 本人は好き勝手に言ってるだけなのだが、きちんと受け止めて聞いてみると妥当な内容なことが多い。

 悩んでいるとき、とりあえずおみくじを引いて吉凶占うかぐらいのお手軽感覚で使える。

 なので、役に立つからと、王女様たちはルシウスが来たときは王宮や執務室へフリーパスで通すことにしていた。



 ルシウスの、変声期前の高めの声でのアドバイスを聞いて、黒髪黒目の王族たち三人は一斉に本人を見た。

 いるじゃん。火力強めで一騎当千のやつ。

 ルシウスのおうちはリースト伯爵家といって、魔法の大家である。

 代々、魔法剣士を輩出する家だ。

 彼の父メガエリス、新婚の兄カイル、そしてこの次男ルシウスも魔法剣士だった。

 魔力で魔法剣を創り出して浮かせて飛ばし、敵をぶっ刺す戦闘スタイルで、強い。

 ニヤーリ。
 王女様が笑った。