翌日、いつの間にか寝落ちしていた私は冷たい隙間風によって起こされた。窓が閉じられているので、今が朝なのか夜なのか分からない。
眠っていた私に掛けられていたのは白色の羽織り。羽織りからは微かに柑橘の香りがする。温かい。
カタクリの羽織りだと確信したが、それにしても不思議だ。どうして起こしてくれなかったのかな?
戸は押しても引いても少しも動かない。きっと外側から鍵が掛けられている。
少し経つと、神職達が来た。手には着物やらお化粧道具を持っていた。
「あの、、、」
「生き神様、如何なさいましたか?」
「昨日言っていた儀式というのは、、、」近くにいた神職の人に聞いてみる。聞き流そうにも聞き流せなかった言葉。カタクリが言っていたお母さんの話が頭を過ぎる。
神職の人は合点したように手を叩いて言った。「生き神に選ばれし者の魂はいずれ、月峰神様に捧げられ、その御許で神になるのです」
「え、、、?」
声が震え、指先が震える。この人達はきっと私を殺そうとしている。
神職達はよく分からない笑みを浮かべて、外に出してくれた。羽織りを持ち出そうとしたが、神職達に阻まれて持ち出せなかった。
太陽は傾き、空は茜色に染まっている。
私が押し込められていたのは境内にある小屋だった。
「ご、、、ごめんなさい!」
急な衝動だった。
同時に、今しかない、と思った。
このまま連れて行かれたら確実に殺される。
逃げなくては、、、。
神職の手を振り解いて鳥居の方に駆け出す。
全力で走れば、彼らが此方に来る前に外へ逃げられるかもしれない。
「お待ち下さい!」
「誰か〜!」
神職の焦り声が迫る。追いかけてくる声と足音。
、、、あれ?地面が、目の前にある。
いつの間にか転んでしまったのだろうか、、、。
「ひ、、、!」
手だ。
沢山の手が、此方に伸びている。
早く起き上がらないと、、、。
でも、力が入らない。
視界がぐらぐら揺れている。
神職達の表情が、此方に伸ばされた手が、とても恐ろしいものに感じた。
ぞっとした。今まで私は、人間のあんな表情を見たことはなかった。
救いを求めて伸ばした手は、何も掴むことが出来なかった。
「ごめん、、、なさい」
逃げられるはずが、ない。
だって、あの手は、、、きっと。
「生き神様、ご使命を放棄してはいけません」
宮司と呼ばれた人が私を強制的に引っ張り、連れ戻される。
大人の力に子供が逆らえるはずもなく、沢山の人に連れて来られた場所は神社の奥。鎮守の杜から柵を超えてもっと奥。こんな場所があったなんて知らなかった。
奥社と呼ばれたその場所は酷く冷えている。
奥社には綺麗な水で満ちた、池があった。
ひとりの神職が私に面を被せる。カタクリがしていた面だった。
「生き神様、お手をお出し下さい」
銀色に光る小刀を持った一人の神職がそう言った。
「いっ、嫌!」
神職達が困ったように顔を見合わせ、生き神様の血を垂らさなければ、、、など小声で話している。
すると一人の神職が声を張って、ひとつの提案をした。
「生き神様、此処に飛び込んで下さいませ」神職は池の中に入るように言う。やはり感情は感じられなかった。
他の人も「そうだ、それが良い」というばかりで助けての声に聞く耳を持たない。
もう私は、逃げられない、、、
お母さんはこの地を守りたかったのだろう。
でも、人々の望みを聞き入れ、この地を守り、、、そしていずれはその人々からも忘れられていく。それは一体、どんな感じなのだろう。
「、、、カタクリ」
彼に対して心残りがある。私はまだ、自分の気持ちを伝えられていない。
ありがとうも、ごめんなさいも、まだ本人に伝えられていない。
言えないままに終わってしまう気持ち。
そんなの、酷いよ、、、。
「今まで、、、ずっと、、、ありがとう」
ずっとずっと、一緒にいた。
誰よりも側にいてくれた。
それでも、私にはどうすることも出来ない。
この気持ちに終止符を打とうと、池の中に身を投げた。
冷たい水を覚悟したが、水の感触は幾ら経ってもこない。そればかりか、誰かに優しく抱きしめてもらっている感覚がする。
恐る恐る目を開けると、そこにはカタクリがいた。
カタクリだ、カタクリがいる。
夢じゃない。幻想でもない。生身のカタクリがいる。
「、、、カタクリ!」
カタクリは水に触れるギリギリで浮いている。カタクリが浮いているので私は溺れずに済んだ。それよりも、他の人からしたら驚くだろう。浮いているんだもの。
「大丈夫だ。村の奴らからはオレ達の姿が見えていないよ」
「そう、、、なの?」
確かにカタクリは面をしていないし、なんなら私が被っている。
「ああ。遅れてすまなかった」
もう聞けないと思っていた声。
私の大好きな声。
温かい声。
「良かった、、、もう会えないかと思った、、、」
「、、、寒かったろう。神職達がアンズを探しに来ることはもうないから帰ろう。来たとしてもオレが守ってやる」
「うん。ありがとう、、、」
カタクリがいることに安心し、私はカタクリの体をを抱きしめる。それは温かくて、微かに震えていた。
(カタクリも、、、怖かったんだ、、、)
眠っていた私に掛けられていたのは白色の羽織り。羽織りからは微かに柑橘の香りがする。温かい。
カタクリの羽織りだと確信したが、それにしても不思議だ。どうして起こしてくれなかったのかな?
戸は押しても引いても少しも動かない。きっと外側から鍵が掛けられている。
少し経つと、神職達が来た。手には着物やらお化粧道具を持っていた。
「あの、、、」
「生き神様、如何なさいましたか?」
「昨日言っていた儀式というのは、、、」近くにいた神職の人に聞いてみる。聞き流そうにも聞き流せなかった言葉。カタクリが言っていたお母さんの話が頭を過ぎる。
神職の人は合点したように手を叩いて言った。「生き神に選ばれし者の魂はいずれ、月峰神様に捧げられ、その御許で神になるのです」
「え、、、?」
声が震え、指先が震える。この人達はきっと私を殺そうとしている。
神職達はよく分からない笑みを浮かべて、外に出してくれた。羽織りを持ち出そうとしたが、神職達に阻まれて持ち出せなかった。
太陽は傾き、空は茜色に染まっている。
私が押し込められていたのは境内にある小屋だった。
「ご、、、ごめんなさい!」
急な衝動だった。
同時に、今しかない、と思った。
このまま連れて行かれたら確実に殺される。
逃げなくては、、、。
神職の手を振り解いて鳥居の方に駆け出す。
全力で走れば、彼らが此方に来る前に外へ逃げられるかもしれない。
「お待ち下さい!」
「誰か〜!」
神職の焦り声が迫る。追いかけてくる声と足音。
、、、あれ?地面が、目の前にある。
いつの間にか転んでしまったのだろうか、、、。
「ひ、、、!」
手だ。
沢山の手が、此方に伸びている。
早く起き上がらないと、、、。
でも、力が入らない。
視界がぐらぐら揺れている。
神職達の表情が、此方に伸ばされた手が、とても恐ろしいものに感じた。
ぞっとした。今まで私は、人間のあんな表情を見たことはなかった。
救いを求めて伸ばした手は、何も掴むことが出来なかった。
「ごめん、、、なさい」
逃げられるはずが、ない。
だって、あの手は、、、きっと。
「生き神様、ご使命を放棄してはいけません」
宮司と呼ばれた人が私を強制的に引っ張り、連れ戻される。
大人の力に子供が逆らえるはずもなく、沢山の人に連れて来られた場所は神社の奥。鎮守の杜から柵を超えてもっと奥。こんな場所があったなんて知らなかった。
奥社と呼ばれたその場所は酷く冷えている。
奥社には綺麗な水で満ちた、池があった。
ひとりの神職が私に面を被せる。カタクリがしていた面だった。
「生き神様、お手をお出し下さい」
銀色に光る小刀を持った一人の神職がそう言った。
「いっ、嫌!」
神職達が困ったように顔を見合わせ、生き神様の血を垂らさなければ、、、など小声で話している。
すると一人の神職が声を張って、ひとつの提案をした。
「生き神様、此処に飛び込んで下さいませ」神職は池の中に入るように言う。やはり感情は感じられなかった。
他の人も「そうだ、それが良い」というばかりで助けての声に聞く耳を持たない。
もう私は、逃げられない、、、
お母さんはこの地を守りたかったのだろう。
でも、人々の望みを聞き入れ、この地を守り、、、そしていずれはその人々からも忘れられていく。それは一体、どんな感じなのだろう。
「、、、カタクリ」
彼に対して心残りがある。私はまだ、自分の気持ちを伝えられていない。
ありがとうも、ごめんなさいも、まだ本人に伝えられていない。
言えないままに終わってしまう気持ち。
そんなの、酷いよ、、、。
「今まで、、、ずっと、、、ありがとう」
ずっとずっと、一緒にいた。
誰よりも側にいてくれた。
それでも、私にはどうすることも出来ない。
この気持ちに終止符を打とうと、池の中に身を投げた。
冷たい水を覚悟したが、水の感触は幾ら経ってもこない。そればかりか、誰かに優しく抱きしめてもらっている感覚がする。
恐る恐る目を開けると、そこにはカタクリがいた。
カタクリだ、カタクリがいる。
夢じゃない。幻想でもない。生身のカタクリがいる。
「、、、カタクリ!」
カタクリは水に触れるギリギリで浮いている。カタクリが浮いているので私は溺れずに済んだ。それよりも、他の人からしたら驚くだろう。浮いているんだもの。
「大丈夫だ。村の奴らからはオレ達の姿が見えていないよ」
「そう、、、なの?」
確かにカタクリは面をしていないし、なんなら私が被っている。
「ああ。遅れてすまなかった」
もう聞けないと思っていた声。
私の大好きな声。
温かい声。
「良かった、、、もう会えないかと思った、、、」
「、、、寒かったろう。神職達がアンズを探しに来ることはもうないから帰ろう。来たとしてもオレが守ってやる」
「うん。ありがとう、、、」
カタクリがいることに安心し、私はカタクリの体をを抱きしめる。それは温かくて、微かに震えていた。
(カタクリも、、、怖かったんだ、、、)