アンズが(かどわ)かされた。
それを知ったのは神職の会話を聞いたからだ。
そっと神職の話を聞いていたが、「宗一の言っていたことは本当だった」という言葉が気になった。
宗一というのはあの男のことだろう。
 思い出すのは山の外に送り返したアンズの父親。まだ諦めていなかったのか、、、。
 アンズは小屋に押し込められていた。疲れきって寝ているが、目尻の方は涙で濡れている。
「すまなかった、、、」
 そっと頭を撫で、少しでも寒くならないように羽織りを掛ける。
神職が言うには儀式は明日。まだ時間はあるし、連れ出そうと思えば連れ出せるが、神職が血眼になってアンズを探すはずだ。なら、、、神職には儀式が成功したと思わせてアンズを助ければ良い。
最悪の場合は彼奴らを消して、アンズがこの出来事を二度と思い出さないようにも出来るが、できる限りそれはしたくない。

  『月峰様、私は使命を果たします。ですから、どうか娘を私の代わりに育てて下さい』
 あの日、あの夜、マヨイが最初で最期に願った願い。その日は桜の花が咲く四月の上旬だった。
『、、、この地の者達はじきにお前を殺して神へと仕立て上げる。そしていずれお前を忘れ、、、お前の魂はこの地に縛られ続けるだろう』
『うん、、、』
山から逃がそうと何度も説得したが、マヨイは最期まで応じず、村の為に尽くした。本当に芯の強い神の子だった。
『月峰様はこの地が大切ですか?』
『、、、ああ』
『私も、この地が大切です』
『、、、、、、、、、』
『、、、ごめんなさい』
『言ったろう。お前の意志で決めたのならそれで良い。正しいかどうかもそこにはない』
『でも、、、月峰様は』
『大丈夫だ。この山はきっと守る』
この山は何も変わらない。マヨイが何を選ぼうと、、、。
『、、、お前は使命を果たす為に生きてきたと言ったな。だが、、、お前は決してその為に生まれた訳ではない』
『!!』
『それを、忘れるな』
これが、オレからマヨイに言える最後の()()だった。
『月峰様は優しい神様ですね』
『だが、それとこれとでは話は別だ。お前がこの地を去ろうと残ろうが、この子はお前の子供だ。お前が育てなくては意味がない。子供はきっと、お前に育てられたいだろう』
『いえ、この子は月峰様に育てられたいんです。きっと、その方がこの子も幸せです。あの人も戻って来ませんし、、、お願いです。この子を、、、どうか守って下さい』それが、マヨイの最後の言葉になった。
あの子は儀式より早めに死んだ。それなのに神職はあの子を神として祀り上げ、この山に埋めた。
あの子は温かい場所で安らかに眠れているだろうか。オレが守るこの山で、この子の成長を見届けられているだろうか。
『分かった、、、マヨイの代わりにオレがこの子を幸せにしよう。おいで、アンズ』
まだ生まれたばかりで言葉も話せない人の子。
本人の意志など確認せず、オレ自身の判断でそうした。
目を覚ましたアンズはオレを不思議そうに見て明らかに笑ったのだ。
この子の母親を殺したのはオレだ。手を下していないとはいえ、助けられなかった。
 だからこそ、この笑顔はこの命に代えても守ってみせると誓った。
恋なんかでは片付けられないこの思いは、何時しかオレの生きる意味となり、希望となった。

  「ずっと昔の、出来事か、、、」
過去を思い出し、寝言で自分の名を呼ぶアンズに目を向ける。アンズを見ているだけで自然と口元に笑みが浮かぶ。
「そう易々と逝かせてたまるか」
明日までの辛抱だ。大丈夫、オレが守ってやる。