目が覚めたとき、さっきまで感じていた痛みはなかった。傷も残っていない。倒れて傷ついたはずの自転車も光を反射して輝いている。

 体を起こすと、見るだけで苦しい光景が写った。

「死んでる?」

 私の体は確かにここにあるのにもう一つある。そして、自転車も同じようにもう一つあった。
 傷まみれの体と傷一つない体。故障品と新品。それぞれが対比している。

 ひとまずどうするかを考える。少なからず、ここは現実。死んでるけど、死にきれていないというところだろう。

 考えてるうちに手足が動いていた。
「証拠隠滅」
 誰にも知られず死んでゆく。それは私が望んでいたこと。
 これは死体遺棄に当たるかもしれない。でも、そんなことはもう考えられる余裕が無かった。

 ぐったりとした格好の私を持ち上げ、引きずる。その時、私の体に起きている異変を見つけてしまった。

「指が、消えてる…」

 右手の指が微かに消えてきていた。
 
 このとき悟ってしまった。私の身には小説のような現実味の無いことが起きていると。
 死んだ後も幽体離脱のように生きている。
 徐々に消えていく体。これは私のこの世にいることが出来る「タイムリミット」なんだと。

 この「タイムリミット」の間にやり残したこと、夏樹に会いに行くことを叶えなくてはいけない。私の姿が見えなくたっていい。話せなくたっていいから、ただ会いたい。

 丁度私が入りそうな穴が草陰にあった。私の死体を土の中に入れ込み隠す。
 これでいい。後は夏樹に会いに行くだけ。もうそれで悔いは無くなるから。

 新品同様の輝きを放つ自転車に乗り込み、走り出す。