「朝ってこんなに気持ちよかったっけ」

 気持ちよい目覚めについ、独り言が零れた。

 こんな朝が訪れたのは彼に会えるかもしれないから。そう思えて嬉しくなった。

 もう気持ちよい時間は過ごせないかもしれないから大事に噛みしめる。もう私はいつ死んでもおかしくないから。

 久々に顔を洗って目を覚ます。いつもの朝なはずなのに違う。彼と一緒にいたころと同じ感覚がする。懐かしさを感じて心地よい。

 早く会いたい。

 その気持ちがどんどん膨らんでいった。

「今日もいないよね」

 リビングに行っても親はいない。いつも通りだ。でも、今日ぐらいは一緒にご飯食べたかったな。

 一人でシリアルを食べる日々。日に日に寂しさが増していく。温かいご飯が食べたくなる。

 そうだ、夏樹に会えたら一緒にご飯食べに行こう。よく一緒に行ったカフェで、大好きなナポリタンを。

 昨晩荷物を詰めたリュックサックを背負う。重くて後ろに倒れそうになる。重心を保ち、玄関に向かう。

 若干錆びている自転車の鍵を握り、玄関のドアを開ける。

 久々に開けるドアはとても重かった。差し込んでくる太陽の光に目が痛む。外に出たのは二ヶ月ぶりだった。

 自転車のサドルを少しだけ上げてまたがる。まだ低いままだけど気にせずに乗る。もう一回上げるのは面倒だ。

 風を切る感覚が気持ちよくて外が少しだけ好きになれそう。 



 隣の県に行くのがこんなに苦だとは思っていなかった。マップアプリで調べた時は一時間で着くと表示されていたのにすでに二時間経っている。暑すぎて倒れそうだ。

 体中に汗が流れ出る。とてつもなく不快だ。

 信号が赤信号になるたび汗を拭う。それでも汗は止まらない。

 自転車を漕ぐ足が重くなってきた。視界が狭まってくる。

 自転車が左右に揺れる。意識が朦朧としてきた。

「あっ」

 大きな音を立てて自転車が倒れた。それと一緒に私も倒れてしまった。体中に激痛が走る。

 世界が眩しい。今日だけは私に光が差した。

 最期に見えたのは流れ出る美しい鮮血だった――。