「……アデルはいつもその大きな剣で戦ってるんですよね?」

 積み荷の中にある、布で包まれた大剣をちらりと見てアーシャが言った。

「ああ、そうだな」
「前も思ったんですけど、重くないんですか?」

 アデルの使う武器は身幅四寸・長さ五尺の、刀身が真っ黒な大剣だ。一般人が持つ武器よりかなり大きい。

「見掛け程は重くないよ。魔法が込められていて、軽量化されているんだ」

 アデルは大剣を抜いて見せて、その刀身を見せた。刀身は黒く、また魔法の光を放っている。
 魔法が込められて軽くなっているとは言っても、通常の武器と大差ない程には重い。しかし、それと引き換えに余りある破壊力がこの大剣にはある。この大剣であれば、ドラゴンの鱗をも容易に貫けるのだ。

「対人だとこんなに破壊力もいらないんだけど……これ、父親が若い頃に〝竜殺し(ドラゴンスレイヤー)〟になった時に使ってた剣らしくてさ。親の形見だなんて柄じゃないけど、剣を教わってた御蔭で今こうして生活できてるわけだし、それで何となく使ってる」

 アデルの父・ヨシュアは冒険者として金等級であったと言われており、〝剣匠〟という異名を持っていたそうだ。魔物の討伐を専門としていた冒険者だった事から、こうして扱う武器も大きかったのだという。
 アーシャはアデルの話を「そうなんですね」と優しく微笑みながら聞いていた。彼女はただアデルの話それ自体を楽しそうに聞いてくれている。話し手としても楽しくなってきて、つい話し過ぎてしまう事があるのだ。
 ちなみに、今ではおなじみなってしまったこの大剣ではあるが、実は何度か使うのをやめようと思った時はあった。アデルは父の様に魔物討伐を専門としていないので、これほど大きな剣は不要なのである。
 だが、不思議とこの剣の柄を持った時のしっくりさが他の剣にはなくて、何となくこの剣を使うようになっていた。そうしているうちに、いつの間にか〝漆黒の魔剣士〟などという通り名で呼ばれていたのである。

「ふふっ……アデルの話は私の全く知らない事ばかりなので、いつも聞いていて楽しいです」
「そうか? こんな話でよければ、いつでも聞かせるさ」
「ほんとですか? じゃあ、また帰ってきた時に聞かせて下さいね!」

 アーシャは笑顔でそう言いつつ懐中時計を取り出すと、時刻を見た。

「あっ……私はそろそろ座学の時間なので、部屋に戻らないと」

 お話の途中なのにすみません、とアーシャは頭を下げた。
 そろそろアデル達の出発の時間も近付いている頃合いなので、丁度良いタイミングでもあった。

「そうか、勉強頑張ってきてくれ」
「はい。アデル達が国の為に戦ってくれているのに、なんだか申し訳ないです」
「いや、王女にとっての勉強が、俺にとっては治安維持の為に働くって事なのさ」

 役割とはそんなものだ。
 アデルが勉強したところで民は救えないが、アーシャが勉強をすれば、それだけ救える民が増える。王族と兵士の差だった。

「わかりました。では、一生懸命勉強してきます」
「ああ、俺も一生懸命()()()()()()()()をそこらにぶちまけてる連中を仕留めてくるさ」
「はい! 帰ってきたら、ちゃんと手は洗って下さいね?」
「ああ。王宮に入る前にしっかりと洗うよ」

 そんなやり取りをして互いに少しだけ笑い合うと、アーシャはもう一度優しく微笑みを浮かべてアデルの名を呼んだ。

「……アデルに大地母神フーラのご加護を」

 別れ際にアーシャはそう言って、フーラの祈りをアデルに捧げた。そして片目を瞑って見せてから、王宮内へと戻って行く。

「大地母神の加護よりも、アーシャ王女の加護の方が俺にとっては効果があるよ」

 アデルはそう呟いて、上がってしまいそうになる口角を必死に抑えた。