「そんな事があったんですか……」
アーシャ王女はアデルの話を聞いて、辛そうに眉を顰めていた。
もちろん、アデルとて町に戻ったら自分を裏切った奴と行為の真っ最中だった、とは言っていない。ただ、何となくそういう状態だったという事だけは伝えた。
いずれにせよ、オルテガによって、アデルは完全に自分の居場所と大切な人を失くした事には変わりはなかった。
「戻ったら……フィーナと何処か遠くで暮らすつもりだったんだ。ランカールから遠く離れた場所で細々と冒険者稼業をやって、俺の両親みたいに慎ましやかに生きて、そのうち子供でもできて……それで、いつか余裕ができたら、またヴェイユ島にこれだけ返しにこようって、思ってたんだ……!」
彼女の指で光る指輪をちらりと見るアデルの瞳から涙が流れた。
「俺が、何をやったって言うんだよ。あいつらの為に体張って、命張って、怪我をして戦果を叩き上げて……それでSランクにまで上り詰めたのに、その途端にこれかよ。挙句に、フィーナまで……俺はもう、何を信じればいいのかわからない!」
「アデル……」
静かに男泣きするアデルを見ていられなくなって、アーシャはそっと彼の肩に手を置いて、そのまま抱き寄せた。ふわりと甘い香りがアデルを包む。
「王女……?」
「泣かないで下さい、アデル。お友達に泣かれては、私も辛いです」
戸惑うアデルを他所に、そのままアーシャ王女は優しくアデルの背中を撫でた。
それはアデルにとって不思議な感覚だった。彼女にそうされているだけで、先程までの傷口が徐々に塞がり、痛みが引いている様にも思えたのだ。
「すまない、アーシャ王女……」
「どうして謝るんですか?」
アーシャ王女は柔らかく微笑みながら、彼の背中を撫でていた。
その心地よい感触に、アデルの心がぽかぽかと温まってくる。どうやら〝ヴェイユの聖女〟は心の傷をも癒してしまう魔法を使える様だ。
「もう俺はどうすればいいのかわからないんだ……」
そのままアデルは弱音を吐いた。こうして誰かに弱音を吐いたのは、彼の人生でも初めての事だった。
生きる指針も、大切なものも、その全てがあやふやになってしまった。それが今のアデルだった。
もう冒険者はやりたくなかった。虚無に依頼を熟すだけになるというのがわかっていたからだ。かと言って、彼には他の生き方もわからない
「せっかくこうして王女殿下が面会してくれているのに、俺にはどうすればいいのか……あんたに頼るべきじゃないのはわかってる。でも、今の俺には……あんたに何を伝えれば良いのかすらわからないんだ」
「頼るべきじゃないなんて言わないで下さい。私はアデルのお友達です。困った時にお友達に相談するのは、何も変な事じゃないんですよ?」
不思議な少女だった。
アーシャにとってアデルは、一度会っただけの冒険者に過ぎない。アデルの認識では、それだけの存在だった。しかし、何故か彼女はアデルを友達と呼ぶ。彼にはそれが理解できなかった。
「それにこの前、私がなんて言ったか覚えてますか?」
アーシャが体を離して、アデルを覗き込む様にして微笑みかける。
それは以前会った時に別れ際に見せた笑顔と同じだった。大地母神フーラを彷彿とさせる、白銀髪の聖女の笑顔。そして、その笑顔を見てアデルは彼女の言葉を思い出す。
『もし、アデルに居場所がなくなったなら……ヴェイユ王国が、いえ、私がアデルの居場所になります。だから、困ったら頼って下さいね?』
彼女は別れ際にこう言っていた。
その言葉を思い出して、再び涙が溢れる。それは、先程の悔恨の涙ではなかった。
ただ有り難くて、何かに感謝する時の気持ちからくる涙だった。おそらく、神の奇跡で救済されれば、こんな涙が流れるのだろう──アデルは何となくそんな事を思うのだった。
「本当に……俺の居場所になってくれるのか」
「はい、もちろんです」
アーシャは笑顔で頷いた。
アーシャ王女はアデルの話を聞いて、辛そうに眉を顰めていた。
もちろん、アデルとて町に戻ったら自分を裏切った奴と行為の真っ最中だった、とは言っていない。ただ、何となくそういう状態だったという事だけは伝えた。
いずれにせよ、オルテガによって、アデルは完全に自分の居場所と大切な人を失くした事には変わりはなかった。
「戻ったら……フィーナと何処か遠くで暮らすつもりだったんだ。ランカールから遠く離れた場所で細々と冒険者稼業をやって、俺の両親みたいに慎ましやかに生きて、そのうち子供でもできて……それで、いつか余裕ができたら、またヴェイユ島にこれだけ返しにこようって、思ってたんだ……!」
彼女の指で光る指輪をちらりと見るアデルの瞳から涙が流れた。
「俺が、何をやったって言うんだよ。あいつらの為に体張って、命張って、怪我をして戦果を叩き上げて……それでSランクにまで上り詰めたのに、その途端にこれかよ。挙句に、フィーナまで……俺はもう、何を信じればいいのかわからない!」
「アデル……」
静かに男泣きするアデルを見ていられなくなって、アーシャはそっと彼の肩に手を置いて、そのまま抱き寄せた。ふわりと甘い香りがアデルを包む。
「王女……?」
「泣かないで下さい、アデル。お友達に泣かれては、私も辛いです」
戸惑うアデルを他所に、そのままアーシャ王女は優しくアデルの背中を撫でた。
それはアデルにとって不思議な感覚だった。彼女にそうされているだけで、先程までの傷口が徐々に塞がり、痛みが引いている様にも思えたのだ。
「すまない、アーシャ王女……」
「どうして謝るんですか?」
アーシャ王女は柔らかく微笑みながら、彼の背中を撫でていた。
その心地よい感触に、アデルの心がぽかぽかと温まってくる。どうやら〝ヴェイユの聖女〟は心の傷をも癒してしまう魔法を使える様だ。
「もう俺はどうすればいいのかわからないんだ……」
そのままアデルは弱音を吐いた。こうして誰かに弱音を吐いたのは、彼の人生でも初めての事だった。
生きる指針も、大切なものも、その全てがあやふやになってしまった。それが今のアデルだった。
もう冒険者はやりたくなかった。虚無に依頼を熟すだけになるというのがわかっていたからだ。かと言って、彼には他の生き方もわからない
「せっかくこうして王女殿下が面会してくれているのに、俺にはどうすればいいのか……あんたに頼るべきじゃないのはわかってる。でも、今の俺には……あんたに何を伝えれば良いのかすらわからないんだ」
「頼るべきじゃないなんて言わないで下さい。私はアデルのお友達です。困った時にお友達に相談するのは、何も変な事じゃないんですよ?」
不思議な少女だった。
アーシャにとってアデルは、一度会っただけの冒険者に過ぎない。アデルの認識では、それだけの存在だった。しかし、何故か彼女はアデルを友達と呼ぶ。彼にはそれが理解できなかった。
「それにこの前、私がなんて言ったか覚えてますか?」
アーシャが体を離して、アデルを覗き込む様にして微笑みかける。
それは以前会った時に別れ際に見せた笑顔と同じだった。大地母神フーラを彷彿とさせる、白銀髪の聖女の笑顔。そして、その笑顔を見てアデルは彼女の言葉を思い出す。
『もし、アデルに居場所がなくなったなら……ヴェイユ王国が、いえ、私がアデルの居場所になります。だから、困ったら頼って下さいね?』
彼女は別れ際にこう言っていた。
その言葉を思い出して、再び涙が溢れる。それは、先程の悔恨の涙ではなかった。
ただ有り難くて、何かに感謝する時の気持ちからくる涙だった。おそらく、神の奇跡で救済されれば、こんな涙が流れるのだろう──アデルは何となくそんな事を思うのだった。
「本当に……俺の居場所になってくれるのか」
「はい、もちろんです」
アーシャは笑顔で頷いた。