──ヴェイユ島・キッツダム洞窟の下層部。

「アデル、そろそろ死んでくれないか?」

 アデルの所属するSランクパーティーのリーダー・オルテガが唐突にそう後ろから声を掛けてきた。
 オルテガは筋骨隆々でモヒカン頭がトレードマークの大男だ。〝紅蓮の斧使い〟オルテガと言えば、アンゼルム大陸・ライトリー王国では名の通っている銀等級の冒険者のひとりである。

「……あ?」

 洞窟の魔物退治を行っていた時に、オルテガが急にわけのわからない事を言い出したので、アデルは思わず首を傾げた。

「だからよぉ……お前にはそろそろ死んでほしいなって、言ってんだよ!」
「何を──ぐっ」

 アデルが異変を感じた時には、既に遅かった。
 サクッと小さな矢がアデルの太腿に刺さり、彼の体は急に自由を失って思わず膝を突く。盗賊のパーティーメンバー・ギュントの吹き矢だ。

「てめぇ……!」

 アデルは背中の大剣を手に取ろうとするが、体に全く力が入らず、手が震えるだけだった。

(これは……南イブライネのサソリの毒か? 体に全然力が入らねえ……!)

 南イブライネサソリの毒は即効性の強い稀少な毒薬だ。体を麻痺させ意識を奪う毒で、通常強力な魔物に使う。普通の人間であるアデルがその毒を打たれれば、五分も意識を保っていられまい。
 オルテガは下卑た笑みを浮かべて、崩れ落ちたアデルを眺めていた。

「……オルテガ、こいつはどういう冗談だ?」

 アデルの質問には答えず、オルテガは相変わらずにやにやしたまま、彼を見下ろしていた。

「冗談? これが冗談に見えるかい? 本気以外の何ものでもないのだよ」

 アデルの質問に、パーティーの魔導師イジウドが代わりに答えた。
 アデルは一度イジウドをちらりと見てから、再度オルテガへと視線を戻す。

「答えろ、オルテガ。どういうつもりだと訊いている……!」

 アデルは苛立ちを隠さずオルテガを睨みつけて、再度問い直した。

「おお、恐ぇ恐ぇ。〝漆黒の魔剣士〟アデルからそんな目で睨まれちまったら、小便漏らしちまうぜ」

 オルテガは尿を我慢する様に股間を押さえる仕草をすると、イジウドやギュントと共にげらげら笑い合った。
 〝漆黒の魔剣士〟アデルとは、〝紅蓮の斧使い〟と同じくアンゼルム大陸・ライトリー王国で名のある冒険者のひとりとして数えられている大剣使いだ。冒険者等級はオルテガと同じく銀等級である。
 アデルとオルテガはまだ同じパーティーになって半年程度であるが、互いに前衛を務める戦友だった。しかも、彼らはライトリー王国唯一のSランクパーティーでもあったのだ。彼の行動の意図がアデルにはさっぱり分からなかった。

「お前とはここでお別れって事だ、アデル。この状況になってもまだわからねえのか?」

 オルテガが嘲笑を止めてアデルへと視線を戻すと、神妙な顔つきで続けた。

「俺はな、フィーナがいない時をずっと待っていたんだよ……あいつはお前からなかなか離れなかったからな」

 フィーナとは、アデルの恋人でこのパーティーの回復術師だ。彼女はアデルより先にオルテガのパーティーに入っており、共に戦うにつれて惹かれ合って、つい最近アデルと恋仲になったばかりである。
 今回の依頼に参加しなかったのは、先日フィーナの生まれ故郷で流行り病が流行したせいだ。彼女はその治療の為に一度帰省をしており、今回の依頼は回復術師の不在で受ける事となったのである。
 回復術師不在で依頼を受けるのは危険なのではないかとアデルはオルテガに意見したが、ヴェイユ島には強い魔物もいない代わりに冒険者もいないのですぐに向かいたいと説得され、遥々大陸から海を渡ってきたのである。
 Sランクパーティーになって人助けに目覚めたかと思ってアデルは感心していたのが、結局はこれである。