そのやり取りの直後だった。部下の一人が血相変えて走ってくる。息も絶え絶え、足もガクガクと震えて今にも倒れそうだ。

 急いで側に寄ってやると、待っていたとばかりに私の両腕を掴んだ。それだけで尋常でないとわかった。汗にまみれた掌、腕に跡を残そうとしているのかと疑ってしまうほど強い握力がそれを物語っている。

 心当たりがなければどれだけ良かったことだろう。おそらく走ってきたそいつは疲れすぎてまともに喋るには相当な時間を要する。だから飛び出した。部下が走ってきたその方向にひたすら突き進んだ。

 星熊と茨木はその場に残り、その部下から正しい情報を聞き出す準備をした。もしかしたら二人には走ってきた方向に何があったのかわかったのかもしれない。

 私はわからない。わかりたくもない。ただ走ってる。この不安が杞憂で終わるようにと祈ってひたすら走り続ける。私の不安事が事実でないことを証明するために走る。

 何も考えられなくなる。それは疲労などによるものなんかではない。吐き気を催すほどの、生まれてから一度たりとも感じたことのない漠然とした恐怖に、この10年で衰弱した私の心が打ちのめされそうであったからだ。

 頼む…頼む…嘘であってくれ、勘違いであってくれ。別人であってくれ。

 久しく嗅ぐことのなかった錆びた鉄の臭いを察知して私は止まった。私の恐怖もそこで止まってしまった。