伊吹を拾ってから数年が経過した。細かった四肢もすっかり人並みになった。実り豊かな大江山と星熊の鍛練の賜物だな。

 この調子で成長すればあと5年程で立派な部下に成長するだろう。よかったよかった。そうしたらもう冬備えせずに人間を食べることが出来るぞ。

 いつの間にか更に6年が経っていた。ここ10年は時間の流れがやけに早く感じた。伊吹はまさか時間を操る能力でもあるのか…?なんてな。そんなわけないのはわかってるよ。

 この10年で伊吹は著しい成長を遂げた。もう他の人間とステゴロしたって負けはしないだろう。よく頑張ったな。

 伊吹が変化したように、私も大いに変わった。最初の頃あんだけ拒絶していた『乾鬼姫』の名前も、星熊らが勝手に言っていた『お頭』という身分も認めた。

 歳をとって丸くなったか…って関係ないか。妖怪からすれば10年なんて夢幻の如く過ぎるんだ。人間とは比べものにならない長生きだからな。

 人間は確かある程度大人になると元服というやつをする習慣があるらしい。伊吹にもやってやろうかと思い、聞いてみることにした。するとあいつは度肝抜くこと言いだした。

「僕は元服ってのはやらないよ。だってそれ人間の儀式でしょ?僕はこのまま妖怪として生きて、そして妖怪として死んで行きたい。このまま今まで通り母さんたちと暮らしたいんだ。」

 今思うと、私は伊吹がどう思っているかなんて考えもしなかったな。伊吹自身も言ったことはない。つまりこれが初めての主張なんだ。

 当然なのかもしれない。もし伊吹が拾われて直ぐのことを覚えているのなら、伊吹は自分が『犬』と同じであると聞いていたはずなんだ。だから今まで一度も意思の主張なんてしてこなかった。

 よく見ると身体が小刻みに震えている。私に突き放されるのが怖いんだ。それはつまり、今の主張に一切の嘘が隠されていないということ。紛れもない本心だということ。

 その後私は一つ提案した。元服の代わりに約束しよう。ずっと側にいること、それが守れるならこれからはもう怖がる心配はしなくて良いと。

 こうして私にとっての『犬』は『部下』となり、そして自分の『子供』へと変化したのだ。