瑞生side
澪の機嫌は直り、タルトも美味かったし、一件落着……
とはならなかった。
翌日の朝。
澪と一緒に登校している時、澪は耳を疑うようなことを言ってきた。
「……私、もう1回好きな人に告白してみる」
俺は動揺して、一瞬だけ足の動きを止めてしまった。
は?
なんでだよ、あのまま諦めれば……っバカだろ、俺……
嫉妬をして、思ってはいけないことを思ってしまう。
俺は澪のことをずっと近くで見てきたし、何より澪のことが好きだ。
でもだからと言って、澪の恋を邪魔することは許されない。
だから、行くななんて言えなかった。
「……そ」
かと言って愛想のある返事も出来るはずなく。
そこから学校に着くまで、俺たちの間には気まずい沈黙が流れた。
その日の放課後。
澪のやつ、今から告白すんのかな……
とか考えながら、ふと、玄関の先を見ると。
そこには男と楽しそうに話している澪の姿が。
かと思えば、少し澪の頬が赤くなる。
っ……!
今朝あれだけ邪魔することは許されないとか思っておきながら、気づけば俺の腕は澪を引き寄せていた。
「え、わっ、瑞生!?」
俺は、相手の男が先輩であることを忘れて少し睨む。
こいつが澪の好きなやつか?
確かに顔は悪くない。
愛想の良さそうな好青年で、クラスで男女共に人気があるタイプだ。
澪はコイツに惚れたのか?
……なんで、俺じゃないんだよ……
そう思いながら、俺は澪を連れて学校を出る。
「……帰んぞ」
「えっ!?ちょ、力強いっ……ごめんね川名くんっ」
川名くん。
そう言った澪を、今すぐ記憶から消してしまいたい。
そんなこと、出来るはずないのに。
俺はそのまま橋の下へ向かった。
着いてから、歩くの早かったか?なんて心配をするがもう遅い。
黙ったままの俺に、澪は問いかける。
「瑞生、どうしたの?」
好きなやつとの時間を奪われたのに、俺の心配をしてくれる澪。
そんな澪に、怒れよ、とか。
ごめん、とかよりも先に、好きだ、が出てきてしまったから。
俺は言った。
「……けど」
「え?」
「澪がアイツと話してんの、嫌だったんだけど」
「ちょ、ちょっと待って瑞生。それって……っ」
澪は顔を赤くする。
「澪が好きだ。やっと気づいたか。遅せぇんだよバカ澪」
「〜〜っ……」
澪は口をパクパクさせている。
ふっ、かわい。
でもこの反応は……どうなんだ?
今まで脈ナシだと思っていたのに、こんな表情をされると期待してしまう。
返事はどうなのか、今か今かと待っている俺に、澪はこんなことを言ってきた。
「じゃ、じゃあ……幼なじみじゃなくて、異性として私の好きなところ言ってみて。そ、そしたら瑞生の気持ち信じてあげる」
信じる?
そもそも信じられてなかったのかよ……
そのことに肩を落とすも、少しでも脈アリへ持っていくべく、俺は澪の言う通りにした。
「え、と……笑顔が可愛くて、努力家で……スイーツとか料理すげぇ美味そうに食べるし、あと……」
……っクソ、恥ずいな……
澪が今どんな顔をしているのか、見ることが出来ない。
「親切で、自分より俺の心配してくれたり……子供が好きなところもだし、上目遣いが可愛いくて……っ」
恥ずかしさがピークに達し、これ以上は無理だと思った時、澪が声を上げる。
「わ、分かったから瑞生、もうストップ……っ」
チラッと澪の顔を見ると、澪はリンゴのように真っ赤になっていた。
っま、じかよ……やべぇ可愛すぎる……
俺がそんなことを思っているなんて、澪は想像出来ないだろう。
すると澪はその場にしゃがみこみ、両手で顔を覆って言った。
「ここまでだとは、思ってなかった……っ」
「?どういうことだ……?」
2人でその場に座りワケを聞くと、今まで澪は、俺に好きになってもらいたくて俺を嫉妬させようとしていたらしい。
つまり、好きな人にフラれたというのも、好きな人にもう一度告白するというのも、全部嘘だったという事だ。
「ここまでだと思ってなかった」というのは、俺が想像以上に自分のことを好きで驚いたということらしい。
安堵すると同時に、さっきの川名先輩への罪悪感と、澪への気持ちが大きくなる。
俺を嫉妬させたかった?
なんその理由。
可愛い、可愛いけどさ……
お陰でこっちはすげぇ振り回されたんだけど……?
まぁ結果オーライだったし、良しとしよう。
……ん?
待て、つまり澪は、俺のこと……
今まで川の流れにあった視線を再び澪へ戻すと、澪は何かを察したようで。
「私も瑞生のこと、ずっと前から好きだったよ……っ?」
「っ……」
う、そだろ……
「じゃあ俺たち、長い間両思いだったのに気づいてなかったのか?」
「そういうことになるけど……だって瑞生、全然嫉妬してる素振り見せないから、私のこと幼なじみとしてしか見てないのかと……」
「いやそんなわけない、嫉妬した。それに俺は今までめちゃくちゃアピールしてきたつもりなんだけど」
「えっ、それは嘘だよっ」
「本気だし」
俺のアピールの仕方が悪かったのか、澪が鈍感なのか。
どっちにしろ、ここ何年かの努力が無駄だったのは確かだ。
いや、結果は良いし無駄にはなってないのか?
そんなことを考えていると、余計川名先輩に謝りたくなってくる。
「その……川名先輩には悪いことしたな」
そう言うと、澪から衝撃の事実が明かされる。
「あ、あれ実はね、前から可愛いと思ってた、って……デートに誘われてたの」
危ねぇ……あの時そんな事言われてたのかよ……
だから顔が赤かったのか。
さっきは罪悪感あったけど、やっぱ引き離して正解だったな。
可愛い澪を見ていられるのは、俺だけでいい。
「はあ〜あ。勇気出してもっと前に告白してればよかった」
ほんとにそう思う。
そうしていたら、もっと早く付き合えていたのに。
……ん?
「なぁ、俺たち付き合ったってことでいいんだよな?」
そう聞くと、澪は
「もちろんっ」
と言って笑ってみせる。
これから俺は、そうやって澪が俺にまっすぐ向けてくれる笑顔を、まっすぐ受け止めていきたい。
そして、今までお互い片思いだと思っていた日々の分まで、澪と恋をしていきたい……
って、こんなこと思ってる俺、もしかしてキモい?
自分でそう思ってダメージを負うも、損ではないだろうと自分に言い聞かせる。
そして澪がこれからをどう思っているのか知らないが、俺に澪の隣を誰かに譲る気なんて更々ない。
だから、澪に愛想つかされないようにしねぇとな。
そう思いながら今までにない幸せに浸っていると、澪が俺の制服の袖を掴んできて。
「……キス、しないの?」
「〜〜っ……」
まさか、上目遣いわざとやって……っ
これから先、俺がどんなにカッコつけたとしても、澪には敵わないんだろうな。
「……後悔すんなよ?」
「もう、するわけないでしょ。瑞生、大好きだよ」
「ああ、俺も大好きだ、澪」
わずかな時間、橋の下に沈黙が流れる。
「………ふふ、瑞生顔真っ赤」
「澪もだろ」
「あははっ、そうだね」
この笑顔は、いつまでも俺だけに向けていて欲しい。
その分、幸せにしてみせるから。
Fin.