瑞生side



家に帰ってこない澪を連れ戻した日の翌日。



昼休憩中に、クラスメイトの笹原が声をかけてきた。



「そういえば橋本くん。橋本くんが前読みたがってた本、図書室にあったよ?」



「えっ、マジで?俺あの本めちゃくちゃ読みたくてさ。ありがとう笹原」



「うん、じゃね〜」



「ああ」



笹原からの耳寄りな情報を受け、俺は図書室へ向かった。



その本は、俺が好きな……いや、大好きなミステリーの小説だ。



それが今すぐにでも読めると言うのなら、借りに行くしかないだろう。



内心ルンルンで図書室に着くと、お目当ての小説は出入口の近くの棚に置いてあった。



幸いまだ誰も予約していないようだから、俺はカウンターですぐにその小説を借りた。





放課後。



俺はこれから、あの落ち着く橋の下で、この小説を読む予定だ。



早く向かおうと靴箱で靴を履き替えている時、2年の靴箱の方に澪の姿が見えた。



せっかくだし、澪も誘ってみるか。



俺も澪も小説を読むことが好きだから、いい案だと思った。



なのに。



「今日一緒に……って、おい!」



俺が話しかけたことに気がついているはずなのに、澪は知らないフリをして、走って校門を出ていった。



なんだ……?



いつもと様子が違う澪に違和感を覚えながらも、どうせ向かう場所は同じだろうと、俺は大して心配せずに下校した。



一旦家に帰り課題を終わらせ、服を着替えてから橋の下へ向かった。



曇り空の中橋の下へ着くと、昨日と同じ場所に澪の姿が。



でも、服装は昨日と違って私服だ。



澪も家に帰ってから来たのか。



「澪」



「………」



何も答えないのも昨日と同じ。



今日は長くなりそうだな。



そう思い、今日は昨日みたいに遅い時間でもないし、隣で小説を読むことにした。






「「………」」



澪の性格上、いつも5分くらいしたら、かまって欲しいのか澪の方から話しかけてくる。



でも、今日は10分ほど経った今でも澪は話しかけてこない。



そのことが気になって、小説のページは3ページしか進んでいない。



なんでこんなに不機嫌なんだ……?



原因は俺か?



いやでも心当たりねぇな……



これまでにない出来事に頭を悩ませていると、澪が急に顔を上げた……



かと思えば、こんなことを言ってきた。



「……待っててくれるんだ?」



その時の澪の表情が、全てを見透かしているかのように見えて。



自分の気持ちに気が付かれたかと、顔が赤くなる。



その一方、今まで腕で隠されていてどんな表情をしていたのか知らないが、今の澪は笑っていて、なぜか機嫌は直ったようだった。



そのことに安堵しながら、俺は返事をする。



「それは、まぁ……」



お前のことが好きだし。



俺の答えに、澪は更に満面の笑みを浮かべた。



っ……なんだよ、可愛いな……



すると、澪がボソッと何かを言った気がした。



「……ちょっとは、期待してもいい……?」



「え?」



「ううん、なんでもないっ」



?……まぁ、いいか。



「機嫌は直ったか?」



「うん!……だけど、原因は瑞生なんだから!」



「は、俺?いや、心当たり何も……」



改めてよくよく思い出してみる。



細かい言動から行動まで、全て。



でもやっぱり、心当たりはない。



でも一旦謝っておくべきか。



「わる……」



「悪い、って言うつもりでしょ。原因分かってないくせに」



なぜか、澪は俺がそう言うと分かっていたようで。



そのことに対してまた俺が謝ろうとすると、澪の怒った顔は微笑みに変わった。



そして、澪はとんでもないことを聞いてきた。



「瑞生は私のこと、好き?」



「っ……」



って、待て。



これは俺が澪へ思っている気持ちの好きとは、違う種類の“好き”だ。



一瞬でも期待してしまった自分に嫌気がさす。



……バカだな、俺。



期待をしても、すぐに違うと分かって悲しくなるのは、いつもの事だ。



諦め半分で自分にそう言い聞かせ、俺は答える。



「……ああ」



好きだ、とは言えなかった。



照れくさいからなのもあった。



でも、それだけじゃなく。



待っている結果は悲しいものだとしても、やっぱりいつかはこの気持ちを伝えたい。



その時まで、この言葉は取っておくんだ。



と言っても、伝える勇気が無いのが現実。



ほんとカッコ悪い。



そう思う俺の隣で、澪は満足そうな顔をして言った。



「今のところは、これで満足してあげるっ」



「何を……って、ちょ、おい!」



意味の分からないことを言ったかと思うと、澪は俺の手を引っ張って立ち上がった。



「どこ行くんだよ?」



「私の家!今日ケーキあるんだっ。しかも瑞生が好きなタルト!一緒に食べよっ?」



そう言った澪の姿は何よりも輝いていて、そんな澪の笑顔を見ていると、機嫌が直った理由なんてなんでもいいと思えてしまう。



今みたいに、澪はいつも急だ。



他にも、機嫌はコロコロ変わるし、ちょっとわがままな所もある。



でも好きだから、笑顔が眩しいから、俺はいつまでも澪の隣にいたいと、澪の望むとおりにしてあげたいと思うのだ。



そう。



理由なんて、「好きだから」の一言で十分だ。



「ああ。食べるか、タルト」



その後食べたフルーツタルトは、甘酸っぱい恋の味がした。