「それがだなブルース、まことに話し辛いのだが――その殿はいま例のお方の所へいっておられる」
エメラルダがばつの悪そうな表情をつくり、小声で応えた。
「なにっ、またラフレシアさまの所か。つい一昨日、重臣方から散々きついお小言を喰らったばかりではないか」
大方の予想はしていたものの、エメラルダからその言葉を聞くとブルースは大きく溜息を吐く。
「うぅむ、こっちも困っているんだ。知ってのとおりぼくとラフレシアさまは従姉妹同士、そのせいもあり殿はなにかとぼくに気を許して、お二人のことを色々とご相談なされる。どうやらぼくをすっかり味方だと思い込んでおられるようで・・・」
男勝りで通っているエメラルダが、珍しく弱々しい口振りとなる。
幼馴染みという気安さも手伝い、最近は使わないように注意をしている〝ぼく〟という呼称で自分を呼んだ。
余程困り切っているらしい。
「なんにせよ殿にはすぐに来て貰わねばならん。すまぬがエメラルダ、ラフレシアさまの所まで案内を頼む。俺はどうも子どもの頃からあの方が苦手でな。殿には俺が直接お話しする」
「承知した。案内するから連いてくるがよい」
二人は内宮へと続く廊下を、急ぎ足で歩いてゆく。
内宮の更に奥まった場所にある、太后宮がラフレシアの住む場所であった。
太后宮という名の通り、ラフレシアは先代大公の妃だった女性である。
現大公フリッツ・フォン=サイレンⅢ世の十二歳年上の兄、アレック・フォン=サイレンが二年前に病没してからの彼女は、ひっそりと一人太后宮に引き籠ったまま、世間に忘れ去られた存在となっていた。
公太后とはいっても、まだ二十六歳という若さなのだ。
しかも、彼女は十四の頃から、近隣諸国の王侯貴族から、縁談の申し込みが引きも切らなかったほどの美貌の持ち主でもある。
このラフレシアの美しさにまつわる数々の出来事の一つに、いまや諸国で伝説となっている大事件があった。