「か弱き女を相手にさような大声を出して、一体なにをしておいでなのですかブルース殿」
 その緊張感を破り、涼やかな声が前方から聞こえた。

「むっ」
 ブルースが声の方に目を移すと、そこには一人の女騎士が立っていた。

 サイレン公国軍の中でも最精鋭と言われる騎馬軍団・聖龍騎士団の、上級将校の軍服を身に着けている。

 スラリとした身体は、並の男よりも頭半分ほどは高い。
 女としてはかなりの長身である。
 軽くウェーブした金色に輝く髪が、背中で揺れている。

「あっ、エメラルダさま・・・」
 その人影を目にした途端、女官は瞳から大粒の涙を溢れさせ、頽れるようにその場に座り込んだ。

「さあ、もう安心なさいフェリシア。なにも泣くことはありませんよ」
 軍服姿の女エメラルダが、優しく微笑みながら、女官フェリシアに手を添えて立ち上がらせる。

「もうよいからお行きなさい、恐い大男はこのわたしが叱っておいてあげますから」
 そういわれた若い女官は、涙で濡れた純朴そうな瞳で上目遣いにおずおずとブルースを見ながら、内宮の奥へ去っていった。


「おい、いまの女はなんで泣き出したんだ。俺は殿のお姿を見掛けなかったかときいただけだぞ」
 ブルースがエメラルダに、不思議そうに尋ねる。

「ただきいただけですって。あなたのような無骨な大男が、あのような声で話しかけたら、普通の娘ならみな怒鳴られていると思い泣き出してしまうのが当然ではないか。お前はなにもわかっていないようだな」
 エメラルダは呆れたように、ブルースの顔を睨んだ。

「まったく女という奴は、どうにも扱いにくくて困る・・・」
 ブルースは頭をごりごりと掻きながら、ぶつぶつと不満げに呟く。

「おう、そうだ。エルダ、殿がどこに居られるか知らぬか」
 その言葉を聞いた途端、エメラルダの顔付きが一気に変わった。

「エルダなどと、子どもの頃の愛称を使うのはやめていただきたい。いまは聖龍騎士団の第二大隊の一角を預かる身。マクシミリオン将軍と呼んでもらおう」
 エメラルダが食ってかかる。

 サイレン公国の軍事部門の最高責任者、ダリウス・サウス=マクシミリオン元帥兼筆頭上級大将の一人娘、エメラルダ・サウス=マクシミリオン子爵。

 それが彼女の正式な名前である。