「ええーい、一体どこに行かれたのやら。殿―っ、お返事下されい」
 苛々としたようすで、大回廊から内宮へと続く通路へと進んでゆく。

 その大股な一歩一歩は、まるで地鳴りでも起こしそうな雰囲気がある。
 そこでブルースは、前方の柱の陰に隠れている人影を見つけた。

「そこに居るのは誰だ」
 雷の如き大声を張り上げながら、ブルースが近づく。

 内宮付きの女官のお仕着せを身に着けた、十四、五歳位と思われる若い娘が、身を縮め青ざめた顔で立っている。
 目鼻立ちは美しいが、まだ幼く素朴な田舎娘という方が相応しいか細い女官である。
 いや、年齢的にまだ女官見習いなのかも知れない。

「おい女、このような所に隠れてなにをしておる」
 若い女官は俯いたまま、なにも応えようとしない。

「まあよい。それよりおまえ、殿をお見かけせなんだか」
 相変わらず女官は黙ったままである。

「黙っておらずなんとか答えよ。口が聞けぬ訳ではあるまい。殿の、フリッツさまの居る場所を知っておるのかどうかと聞いておるのだ」
 ブルースは焦れたのか、さらに大声を上げる。

 別に本人は怒っているつもりはない。
 しかし話しかけられている娘には、自分が怒鳴られているように感じられるのであった。

 女官の顔はますます青ざめてゆく。
 ガタガタと身体が小刻みに震える。

「ええーい、苛々する娘だ。早う答えぬか」
 更なるブルースの言葉に、女官の目に涙が浮かび始めた。

〝涙? なぜ泣くのだ――〟
 大男の顔に困惑の色が浮かんだ。

〝俺がなにかしたというのか?――〟
 自分の理解の範疇を越えた相手の反応に、どう対処すればいいのか迷ってしまっていた。

 無骨な若き青年軍人と、少女から娘へと変化していく途中の幼き女官との間に、奇妙な緊張感が張り詰めている。