「殿ーっ、殿はどこにおられる。殿ーっ」
 星光宮の大回廊中に轟くような、大音声(だいおんじょう)が響き渡った。

 正しく〝雷鳴〟と呼ぶべきほどの大声である。
 しかしその声には、若々しく爽やかな響きも含まれていた。

 サイレン公国近衛騎士団の第三隊司令、ブルース・ヴァン=デュマ伯爵が、回廊を大股で歩きながら怒鳴っているのであった。

 短く刈り込んだ漆黒の髪は針金のように固く、眉も太く目も大きく鼻までがでかい。
 その黒曜石のごとき真っ直ぐな眼光には、睨まれただけで身が竦むほどの迫力があった。
 頑丈な顎に意志の強そうな引き結ばれた唇、人並み優れた長身は分厚い筋肉に包まれており、すべてが武骨そのもののような風貌の青年である。
 まるで岩が歩いているようだ。

 戦場では蒼一色の甲冑を身に纏っているさまから、誰言うと知らず〝サイレンの蒼き雷神〟と渾名されている。
 まだ若いながらも、その名は徐々に諸国に知られ始めていた。

 そんな武人そのものといった大男が、滅多に軍人が出入りすることもない内宮(所謂後宮の意)を歩き回りながら、大声を張り上げているのである。