この抜け道の存在を知っている者は、大公フリッツと大公妃ロザリー、それに公国軍の最高責任者で〝サイレンの青き雷神〟と呼ばれる元帥府・上級大将ブルース・ヴァン・D=マクシミリオンとその妻たる、サイレン公国近衛騎士団総司令・黄金の雌龍ことエメラルダ・サウス=マクシミリオン。

 そして現大公を含め四代の領主に仕えてきた、先代の上級大将でありサイレン家臣団の象徴といってもよい、この老武人ダリウス。

 そのダリウスとは幼いころからの盟友であり、生涯のライバルたる、政治の要であり代々執政や内大臣を務め大公家に次ぐ力を持つ、ネルヴァ方爵(ランドグラーフ)一族の総帥かつ、公国の宰相でもあるガリフォン侯爵の六人だけである。

 知らぬ者がどう丹念に探そうとも、簡単にこの隠し通路を発見することはできないであろう。
 仮に発見されたとしても、その頃には一行はとうに城外へと逃れ去った後である。


 ダリウスの思案は城内からの追手ではなく、外へ出てからの身の振り方であった。

 どうやって安全な所まで辿り着くか。
 その安全な所とは一体どこであるのか。
 国の再興の為に、どう立ち回るかということにあった。

 超大国ヴァビロンが関わっているいま、近隣にサイレンに手を差し伸べてくれる国があるとは思えない。

 もし頼る術があるとしたら、ヴァビロンと覇を競っている最大のライバルである『ラインデュール正王国』、大陸西部に君臨する『グレナダ連合王国』、そして北方に孤高を保つ謎多き大国『ライトファーン』のどれかに縋るしかあるまい。

 果たしてこの状況の中、遠く離れているその国々へ辿り着くことが可能なのか。
 また、その国々が亡国サイレンの孤児を受け入れてくれるという保証もない。
 とにもかくにも、いまは一刻も早くこの通路を抜け、外へ出るのが先決だった。