魔王城の中はあまりにも広大だった。

 まずは地下三階から地下一階までのフロアは訓練場になっており、多種多様な魔族が訓練に励んでいた。
 
 あまり目立たないように少し覗いただけだが、人間では放てないような規模の魔法や速すぎる剣技や体術の応酬は遠くにいてもその迫力を感じることができた。
 純粋な魔族は、人間よりも身体能力が高くて魔法も優れているというのは周知の事実だが、まさかこれほどまでとは思わなかった。
 俺を虐めていた領主の息子バリーはBランク冒険者だったが、おそらく誰もがそれ以上の実力を持っていた。

 しかし、訓練場の環境はあまりよろしくなかった。
 外壁は壊れっぱなしだったし、天井にも所々穴が開いていた。空気も澱んで砂塵が舞っていた。
 更に水場の掃除も満足にされておらず、お世辞にも綺麗とは言えない状態だった。

 包み隠さず言葉にするなら、汚くて不衛生だった。

「……で、地上一階は大広間と物置部屋があって、二階には食堂と休憩室、応接室、客室か。三階から九階までは城に仕える魔族の居住スペースだったな」

 俺は長い螺旋階段を登りながら、九階から十階を目指す。
 かれこれ三時間ほど練り歩いているが、ようやくここまでやってこれた。

 結構なハイペースで進んできたはずなのにまだまだ上がある。
 聞いた話によると、魔法を使った昇降機があるらしいが、俺はくまなく歩いて見て回りたかったので使用は控えていた。

 ちなみに、地上一階と二階は皆が共有するスペースだからかそれなりに清潔だった。
 ただ、地下のフロアよりはマシというだけで、あらゆる窓にヒビが入っていたり、床には埃が積もり、テーブルは薄黒く汚れていた。

 食堂も同様だ。
 厨房の中を覗き見したが、まるで長年使われていない廃墟のように見えた。

 張り巡らされた蜘蛛の巣が年季を感じさせた。

 
 三階から九階までについては回廊しか歩いていないが、それでもわかることがあった。
 まず、全てのフロアに言えることだが、掃除が行き届いていない。
 次に、魔道具の照明などが切れたままになっているし、割れた窓や剥がれた床材はズタボロだ。
 最後に、シャワールームやトイレがしっかり整備されていない。

 建物の管理をする者を定めていないのだろうし、きっと各々の個室だって似たような環境だと思う。

 こう見えても俺は綺麗好きな方なので、攻撃魔法が使えない代わりに生活魔法くらいは満遍なく使うことができる。
 全て改善が必要な部分だ。

 シャワールームに至っては、それなりに大きい浴槽含め五階にしかない。
 失礼ながら、魔族たちは人間に比べて清潔感という概念が欠落しているらしい。

「で、残るは十階から十四階だけか。ここには魔王軍幹部の部屋がまとまっているのか」

 俺は地図を見ながら呟く。

 ちなみに、魔王軍という呼び名ではあるが、内部紛争はもちろんのこと、人間との戦争も行うつもりはないので、あくまでも自衛するための軍隊、組織らしい。
 ここにも魔王の考え方が如実に現れている。

 そして、十五階は魔王の謁見の間だな。

 よし、魔王軍の幹部クラスに鉢合わせるのは少しばかり怖いが、見ないことには始まらないな。

 ここに至るまでにもそれなりに多くの魔族に話しかけられたが、皆一様に悪い奴らではなさそうだった。
 フランクな態度で互いの自己紹介をして仲良くなれたおかげで、俺が本来抱えていた魔族への恐怖心はもうほとんど消えたと言ってもいい。

「ここが十階か……」

 そうこう考えているうちに十階に到着した。
 十階は薄暗い闇に覆われており、螺旋階段を抜けて一枚の扉を閉め切ってしまうと、ほぼ光と遮断された世界になってしまう。

 地図によると、このフロアには、魔王軍四天王リリス・ブラッドなる魔族が居住しているようだ。
 十階全体をたった一人で占有しているなんて、大層な魔族に違いない。
 種族についての記載はないが、もしかすると光を避ける種族なのか、それともただ単に夕寝でもしているのか……。