俺は魔王城の食堂の隅の席に腰を下ろして夕食を摂っていた。
 
 天下の魔王城の食堂だというのに、シェフなんて高尚な者の姿は見当たらず、各々が適当に食事をするだけの場所になっているようだった。
 もしかしたら、シェフはたまたま不在だっただけなのかもしれないが、とにかく今は食堂には俺しかいない。

「なんだろう、あんまり美味しくないな」

 俺は溜め息を吐きながらも黒びた硬いパンを口に運ぶ。焦げの味がする。火加減を間違えたのか?

 シェフが不在っぽいので焼きたてではないし、他におかずはない。
 これは単に大きいテーブルの上に並べられていただけに過ぎない。

 てっきり他にもたくさんのメニューがあると勝手に思っていたのだが、まさか味気ない焦げたパンが一つだけとは予想外である。

「……要改善だな」

 食事については俺にとって大切な要素の一つなので、早めにどうにかしたい。

 まあ、それよりも前に、今日の出来事を振り返って、今後のことを考えるのが先決だろうな。

 結果的にリリスさんの部屋を離れて以降、それよりも上の階層で他の魔族と出会うことはなかった。
 運が良いのか悪いのか、幹部クラスの魔族たちは全員部屋にいなかったのだ。
 リリスさんの時のように不法侵入して問題が起きても嫌なので、部屋をノックして声をかけたのだが誰にも会えなかった。

 それにしても、今日一日の出来事はとてもたった数十時間のうちに起こった出来事とは思えなかったな。

 新鮮な経験ばかりだったからかなり充実したな。

「明日、魔王のところに行くか」

 考える時間は十分にもらったし、その上で今日という日を過ごして決断した。

 俺は魔王城で働くことにする。

 何をするのか、何を命じられるのかについては全く不透明だが、既にここで働いてみたいと思っていた。

「……風呂はまだ譲歩するとしてもシャワールームとトイレの数が少ないし汚いのは改善点だな。おまけに窓から吹き込む隙間風も冷たいし、食事があまり美味しくないな。魔王にはそこら辺を変えてもらうようにしっかり伝えないとな」

 ぐるりと魔王城を歩き回っていて判明したが、魔族の大半は綺麗好きではないらしい。
 シャワールームには、火魔法を流用することでお湯を生成できる魔道具があるのに、なぜかそれを利用することはない。
 魔法を使えば簡単に治せる魔王城の不備や欠落した箇所の修繕も怠っている。

 概ね、魔王城全体を管理する者が存在していないことが原因だと思う。
 そういった一面を見たら環境はあまりよろしくないように思える。

 食事に関しても同様で全てが味気ない。
 おそらく、魔族は人間と同じくらいの食事は必要としていないのだろう。

 一定数、キリエさんのようなエルフなどの人間に程近い種族や、食事を娯楽としている魔族などは存在しているらしいみたいだし、彼らにとってこの食事の質は満足のいくものではなさそうだ。

「俺のやるべきことが見えてきた気がするな」

 俺は硬すぎる黒びたパンをぬるい野菜スープで流し込むと、食堂の窓から外の景色を眺めた。
 既に夜は更けている。

 食事を終えたら謁見の間に行くか。
 ついでにキリエさんのところにも顔を出して、この地図を返しにいこう。