凛律side



九条財閥の後継者である私は、当然のように厳しく育てられた。



ゲームなんか以ての外で、学校が終わって帰ってきても、家庭教師とひたすら勉強。



でも、そんな日々を送っていた私にも楽しめることはあった。



それは小説を読むこと。



読書は読解力や知識が身につくといった理由で許されており、私は夜寝る前などの空き時間には必ず小説を読んでいた。



少ない時間だけだとしても、それは私にとって何よりも楽しい時間だった。



高校1年生のある冬、いつものように小説を読んでいて、私はふとこう思った。



自分でも書いてみたい、と。



それから私は、両親や家庭教師の目がない時に、密かにスマホで小説を書いた。



小説を描き始めて4ヶ月ほど経過したころ。



私は、とあるネットの小説コンテストに自分の作品を応募した。



自分とは正反対の、自由を手にして生まれてきた少年の一生を描いた物語。



自分もこうだったらな、という気持ちを込めながら書いたそれには、自分の夢が詰まっていた。



私は、誰にも言わないで作品を応募した。



バレたら、絶対に怒られるから。



それどころか、スマホを奪われ、作品のデータを消されてしまう可能性だってある。



それなのに話してしまうわけには絶対いかない。



そうして月日が経ち、私のスマホのもとに1件の通知が来た。



私の小説が、大賞を受賞したらしい。



自分の唯一の生きがいを自分以外の人にも認めてもらえて、私はすごく嬉しかった。



夢のようなその事実に自分の部屋で静かにガッツポーズをし、ベッドの上を転がり回った。



大賞の作品は書籍化される。



今度、本を買いたいと言ってネットで注文してもらおう。



それが私の書いた小説だと、両親にバレる可能性はない。



今まで自分以外の人に小説を書いていることを話したことはないから。



だから、大丈夫、大丈夫。



でもその翌日、父親が私の部屋までやってきて、大きな声で言った。



「なぜ勝手に小説なんか応募したんだ!」



え……なんでバレてるの……?



そんなはずないのに。



でも、もうバレてしまったものは仕方ない。



せめて、小説を消されることは防がないと。



内心焦りながらも、私はそのために落ち着いた態度を見せた。



「文章力を上げたかったんです」



でも、父はそう簡単に騙されてはくれない。



「それだけならコンテストに出す必要はないはずだ」



「自分の実力がどれほどのものなのかを、家庭教師ではなく、小説を書くことを本職としている人達の評価から確かめたかったんです」



「………」



渋い顔をされたが、最後には小説を書くことを認めてもらえた。



成績を落とさない、そして上げることが条件にあるけど。



それでも、これからは周りの目を避けながら書かなくてもいいということが、とても嬉しかった。



それから私は、両親の機嫌取りをした。



礼儀作法は完璧に、成績もこれ以上ないところまで上げ、それを維持する。



そして両親の言うことは大人しく聞いていた。



そうしていたら、小説を書くことを辞めさせられることはないと思ったから。



いい子でいるのは嫌だったけど、そうするしかなかったのだ。



そして、私が高校3年生になり、約3ヶ月が経過したころ。



つまり、心結と出会う1週間前。



大賞を受賞したことや、いくつかの新作がまた書籍化されたことから、ネットではたくさんの人が私を応援してくれるようになっていた。



だからか、嬉しくて気が緩んでいたのだろう。



私は成績を少しだけ落としてしまった。



そのことは当然両親の耳に入り、激怒した両親から小説を書くことを禁止された。



小説を書くスマホのアプリが制限されたのだ。



その日の夜、私は父の怒鳴り声が怖くて反抗することが出来ないまま自分の部屋に戻り、声を上げて泣いた。



いい子にしていても、結局は幸せなんて訪れないのだと。



………まだ、小さい頃は優しかった記憶があるんだけどな。



小説を書けない日々に戻って1週間。



その日々は想像以上に退屈で、絶望に暮れていた。



せっかく“私”を見てくれる人に出会えたのに、小説を更新しなかったらその人たちに失望されてしまうのではないか。



そんなことだけを考えていて、ついに私はその不安に耐えられなくなった。



………もう、生きてる理由、なくない?



小説を書けないのなら死んでいるのも同然だと、両親に反抗しないまま早いうちに諦めてしまった。



それが自分が弱いせいだと分かっているから、余計に辛かった。



これから生きていても、九条の後継者として両親の言いなりになるだけ。



それならもう、全部失くしちゃっていいや。



窓の外を見ると結構な勢いで雨が降っていたけど、そんなこと構わず家を出た。



地獄同然の家から開放されたとき、私の足取りはとても軽くなった。



一方通行の車道の端を歩きながら、



ああ……広い……



と私は思う。



それほどまでに、私は世界を知らなかった。



これから自殺をしに行くというのに、私はこれまでにない自由に全身で浸った。



この広さを知ってすぐ死ねるなら、幸せじゃない?



そうも思った。



けれど、彼は自由よりも私の心を掴むのが上手かった。



そんな彼に、いとも簡単に自殺をやめさせられた。



自殺しようとしたことがあると、小説は泣くと、私が死んだら悲しいと、彼が言うものだから。



自由以上の“救い”を知ってしまって、私は生きることを望んだのだ。



私が家のどこにもおらず慌てたであろう両親の元へその日帰ると、父には手をあげられた。



痛かった。



でも、心は痛くなかった。



“毎週土曜日”という言葉が、しっかり私の心を覆い尽くしていたから。



父に手をあげられることにも恐れず私は家を出て、その“毎週土曜日”は私たちに4回訪れた。



そして彼、心結のおかげで、小説以外の世界についても少し知ることが出来た。



私の前でだけ見せてくれるありのままの心結は、少しやんちゃだったり、頼れるお兄さんみたいでもある。



そのかっこよさに惚れて、一生無縁だと思っていた恋もすることが出来た。



本当に、土曜日って幸せ……



なのに、“九条の後継者”という足枷は、小説だけでなくそれすらも奪っていく。



全ては、この世に生まれてきたときに決まっていたのだ。



つまり、運が悪かったということ。



それを今更変えることは出来ない。



抗っても無駄なのだ。



そうやってまたすぐに諦めてしまった私は、暗い顔をする心結に震える声で言った。



「ねぇ心結、迷子同盟、終わりにしよっか……?」



右頬を滑り落ちたその雫は、心結の目にどう映っていたのだろうか。



無理があるのは分かってるけど、その私の涙を見て、心結が悲しくなっていないといいな。



そんな気持ちを胸に、私はその場を立ち去った。