凛律side
もう、全てを失くしてもいいと思った瞬間、豪雨の中家を出て、川へと向かう行動力には、自分でも少し驚いた。
波に飲み込まれ、永遠の眠りにつこう……
そうは思うものの、もしそんなことが起こっても、本心から悲しんでくれるのは私の作品たちだけ。
自分の創造者を失ったそれらは、なんの感情もないにも関わらず、涙を流してくれるだろう。
………なんて、あるはずないと分かっている。
本当に起こり得るわけない。
たかが「紙切れ」が泣くなんて。
……そう、思っていたけど。
小園心結くんは、私に小説は泣くと言った。
本当に……?
私がいなくなって、悲しんでくれる存在がいてくれるかもしれないということに、少し世界が明るくなる。
「小説は、本当に泣いてくれるの?私の創ったものが、本当に……っ?」
その問いかけに、小園くんはとても穏やかな目をして、言ってくれた。
「もちろん。それに、悲しむのは君の小説だけじゃない。僕だって悲しいよ」
「え……?どうして……」
出会って数十分。
お互いの存在を認識してそれほどしか経っていないのにも関わらず、悲しむと言った彼の心の内には、何があるのか。
さっきの話を聞くに、彼は私と同じような環境にいる。
それなのに、私を照らしてくれるその理由が知りたい。
小園くんが答えてくれるまでの時間が、とてもゆっくりに思える。
「君を見てると、自分の生き方が否定されたようで、悔しいし、悲しいから。それだけじゃなく、命が消えることは悲しいよ。君はこんなこと言われるのは嫌かもしれないけど、やっぱり僕と君は同じ苦しみを知っている。そんな君を見てると、死んで欲しくないと思うし、胸が張り裂けそうになる。僕に君を見殺しにしろなんて酷なこと、言わないで」
「……っ」
そう言った小園くんの表情が、痛くて、痛くて、痛くて。
今助けられているのは私の方なのに、無理にでも笑う君を、放っておけないなんて生意気なことを思ってしまって。
「……こんなの、ダメだよ……」
そう呟いた声が、小園くんには届いていたようで。
「そう……そっか、そうだよね。ごめんね」
と謝った。
違う、そうじゃないっ。
あなたの優しさに触れて再び生きることを望むなんて、私には贅沢だと思ったから。
あなたに酷いことを言った私には、勿体ないくらい温かい言葉だったから。
でも、まだ、生きたい……
「小園くん。あなたは私に、もう一度生きてもいいって言える……?」
「生きていいよ」
「!」
言えるはずないと思っていたのに、彼の顔を見上げると、穏やかな表情をしていた。
優しさが浮かぶその瞳を見ていると、全てを許された気になってしまう。
優しさが苦しいというのは、こういうことを言うのだと、身をもって実感する。
「君は生きていい。小説が大好きだという素敵な心を持つ君が、生きてはいけない理由なんてどこにも無い。周りの人にどんなことを言われてこんなことをしようと思ったのかは分からない。それでも僕は、君に生きて欲しいと思うよ。そして、一緒に生きたい。お恥ずかしながら、僕友達がいないんだ。だから、もし良かったら僕の友達になってくれないかな?」
今だって自分より私を優先して傘で雨から私を守ってくれるあなたが、私と生きることを望んでいる。
小園くんは他の人とは違う。
そんなの。
「いい、の……?私っ、生きてて、小園くんの友達に……っ」
やっと私を認めてくれる人が現れて、それが小園くんだという事実に、涙が出てくる。
優しさが痛くて泣くなんて初めて。
彼は私を優しく抱きしめて、
「いいんだよ」
と一言。
私はその場に泣き崩れた。
その間、慌てふためく小園くんの声が聞こえてきて、最後には泣きながら笑ったっけ。