「よく気が付いたね」
「佐倉くんに呼ばれた気がしたんだ」
「えっ」

 碧は思わせぶりな言葉に狼狽(うろた)え、唇に触れる。

 すると、千乃からクスクスと笑い声が聞こえてきて、からかわれたのだと思い至った。

「もう、からかわないでよ」
「そんなつもりじゃなかったんだけど、佐倉くんの反応がかわいくて」
「か、かわいいなんて……」

 自分には不釣り合いだ。

 どうせ不釣り合いなことを言われるなら、『かっこいい』と言われたかったなと思う。

 そう思ってから、千乃にかっこいいと思われたいのだと気付き、ますます顔が熱くなる。

 そうだ。

 自分は千乃を意識している。

 女の子として。

 ただの友達だと思い込もうとしていたけど、本当はとっくに初恋の人になっていたのだ。「それで、佐倉くんはここで何をしていたの?」

 千乃が話題を変えてくれたことにホッとしながらも、正直に話すか迷う。

 きっと千乃は碧の夢を聞いても、笑わないだろう。

 本が好きな千乃のことだから、応援してくれるかもしれない。

 碧はさらさらと流れる清流に視線を遣り、深く息を吸い込む。

 千乃の反応に、淡い期待を寄せながら、碧は口を開いた。

「小説を書こうと思って。まだ、全然形になっていないんだけど、この夏に一作だけでもいいから、話を書き上げたいと思ってる。高三の大事な時期に、バカみたいでしょ?」

「すごいよ! こんな時だからこそ、自分のやりたいことに挑戦するなんて、かっこいい!」

 千乃の笑顔が弾け、碧の目の前で眩しく煌めく。

 笑われるどころか、『かっこいい』という言葉が聞けるとは思っていなかった。