夏休みに入り、碧は千乃の笑顔を恋しく思いながら、一つのチャレンジを始めた。

 一冊のノートに小説にしたいアイディアを書き始めたのだ。

 今はまだ話にもなっていないアイディアの数々。

 使いたい言葉、好きな表現、登場人物や物語の設定。

 これまでインプットしてきた財産を不器用ながらアウトプットしていく。

 それは、思ったよりもおもしろいものだった。

 しかし、いざ物語を創ろうとして、いきなり行き詰ることになった。

 起承転結が大事で、一本の筋が通っていないと話が成り立たない。

 理屈はわかるのに、上手くまとめられないという壁にぶつかった。

 碧はノートをトートバッグに入れ、自転車を走らせた。

 蝉の鳴き声が頭に響き、熱風のような風が頬を撫でていく。

 ただ、久しぶりに自転車を走らせるのは気持ちが良かった。

 好きなことをしているのに、行き詰ったことが、自覚以上にストレスになっていたようだ。 碧はお気に入りの川へ行き、日陰を探した。

 ちょうど橋で影ができているところを見つけ、そこを陣取ることにした。

 ノートを広げ、自分が書いたことを読み返す。

 聞こえてくるのは蝉の声と川のせせらぎ。

 時折、車の走行音が聞こえたり、小学生が自転車で通っていく楽しそうな声が聞こえたりする。

 静かな音楽をかけるのとは違った環境音の心地良さを感じ、碧は大きく伸びをした。

「佐倉くん!」
「うわっ⁉」

 すっかり気を抜いていたところに声を掛けられ、驚いた碧は勢いよく振り向いた。

 視線の先には、私服姿の千乃が笑顔で立っている。

「ほ、星宮さん……」
「偶然だね! 佐倉くんに会えるなんて思ってなかったから、嬉しい」

 千乃は隣にしゃがみ、顔を赤くしている碧の顔を覗き込んでくる。

 思いがけない出会いと、思いもしなかった言葉に、碧の心臓が悲鳴を上げた。

 涼しい表情を浮かべる千乃が憎いほどだ。