碧は表情に感情が出ないように意識し、千乃を見下ろした。

 夕陽に照らされた千乃の髪が、涼風に吹かれて、さらさらと流れる。

 美しいと思った。

 可愛いことは知っているし、顔つきも整っている。

 だけど、それだけでは言い表せない美しさを見た気がした。

「私、迷ってるんだよね」
「星宮さんの成績なら、行きたいところに行けるんじゃない?」

 碧は意外に感じながらも、素直に思ったことを言った。

 すると、不満そうな顔で、千乃は碧のことを睨んでくる。

「え、なんか、ごめん」
「反射的に謝ってもダメだよ」
「……それについても、ごめんなさい」
「別に怒ってないけどさ。私もいろいろと悩むわけです。佐倉くんだって、悩んでるから受験の話は嫌なんじゃないの?」
「まあ、ね」

 実は、碧にはやりたいことがある。

 なりたい職業がある。

 それは、小説家だ。 本が好きだから、本に携わる仕事がしたいとは思っていたが、最近、千乃と話すようになって、自分が物語を書く側になりたいと思うようになった。

 ただ、そのためにどうすればいいのかが、わからない。大学に行って、もっと文学について学べばいいのか。

 それとも、小説家になるためのスクールに行ってみればいいのか。

 はたまた、独学で書いてみればいいものか。

 それが、ここ最近の悩みだった。

「悩まない人はいないか……」

 千乃のどこか諦めたような声色に、碧は漠然とした不安を抱いた。

 悩んでいるという言葉とは違う『諦め』という感情。

 まだ高校生の自分たちが、何かを諦めるのは早いのではないだろうか。

 こんな碧でも、小説家という特殊な職業になれたらと夢見ているのだから。

「あの、星宮さん」
「なに?」

 碧は立ち止まり、千乃に向き合った。

 千乃は見慣れない碧の様子を不思議そうに見ながら、立ち止まり、彼を見上げている。

「あの、頼りないかもしれないけど、僕で良かったら、いつでも話を聞くから」

 顔が熱いのは、気温のせいだと言い聞かせ、思い切って言った。

 自分らしくないセリフだとわかっている。

 謙虚な姿勢で『頼りない』のではなく、言葉どおり『頼りない』。

 そんな嫌な部分には自信があった。

「ありがとう」

 千乃はからかったり、笑ったりせず、優しい笑みを浮かべている。

「う、うん」

 碧の方が感謝の気持ちを言いたくなった。

 自分の世界で生きてきて、あまり人と関わることもなかった碧にとって、とても意味があり、大きな進歩だと言える、そんな言葉だった。

 それを、千乃に受け入れてもらえたことが心底嬉しかった。