「もしかしたら、主人公が噓をついた時の表情は、すごく大事なものだったかもしれない。その表情を見ていた人がいるかもしれない。その表情が、言葉以上のものを見せていたかもしれない」

「うん、確かに。書かれていないからといって、大事じゃないとは限らないよね」

 それから、二人はこの時の主人公の表情について話し合った。

 それは随分と白熱し、下校時刻ギリギリまで続いた。

 二人で昇降口を出て、校門へ向かう。

 碧は隣を歩く千乃を盗み見た。

 まっすぐ前を向いて歩く千乃は、自信に満ちていて、迷うことも悩むこともなさそうに見える。

 それに比べて、碧はたくさん悩むし、何度も迷って、諦めてきた。

 当然、自信を持つなんて難しい。「もう夏休みだね」
「うん」

 あと二日で、夏休みに入る。

 そうなれば、毎日のように続いていた小説談議ができなくなってしまう。

 寂しいけれど、碧からそれを言うことはできない。

 仲良くなったとはいえ、今でも千乃が碧のペースに合わせてくれていることはわかっている。

 千乃には碧の他にたくさんの友達がいるし、遊ぶ相手も話し相手もたくさんいる。

 碧には千乃だけだが、千乃にとって碧は友達の中の一人に過ぎない。

 それどころか、碧との時間は、大事な友達との時間を割いて、作ってくれているとさえ思っている。

「今年は、受験勉強に追われるのかぁ」

 千乃の呟きに、碧は空を仰いだ。

「それ、言わないでよ」
「私も言いたくないけどさ。言われたじゃん。この夏休みが勝負です!って……」
「勝負か……」

 千乃の溜息交じりの言葉を聞き、碧も憂鬱な気持ちを隠さずに呟く。