「佐倉くん」

 大丈夫? 大丈夫なわけない。

 久しぶり。 当たり前だ。

 元気? 一番言っちゃいけない。

 辛いの? 辛いに決まっている。

「星宮さん」

 碧は思い浮かんだ言葉をすべて吞み込み、ようやく口にできたのは、名前だけだった。

 千乃からの言葉を待ったが、なかなか次の言葉が聞こえない。

 しかし、耳を澄ませると、スンと鼻をすする音が聞こえた。

 碧の心臓が痛いくらいに、強く締め付けられる。

「電話、ありがとう」

 碧から出たのはとてもシンプルで、素直な気持ちだった。

「ごめんね。話下手だから、星宮さんが欲しい言葉がどんなものか、俺にはわからない。不甲斐ないよ……今すぐ、君のところへ飛んでいきたい」

 碧の目から、ほろりと涙が零れる。

 辛いのは、千乃なのに。

 泣いていいのは自分じゃない。

「……もう、いやなの」
「うん」
「辛い治療も、家族の暗い表情も、先の見えない命も、全部いや」
「うん」
「もう、消えてしまいたい……」

 千乃の声は小さくて、本当に今にも消えてしまいそうだった。

 でも、これは千乃の力一杯の叫びだ。

 碧は止まらなくなった涙を乱暴に拭い、立ち上がった。「星宮さんは、もう充分がんばってる。君ががんばり屋だって知ってるよ。周りに心配かけないように、無理して笑おうとしているよね? 辛いことも、一人で我慢してきたんだよね? もう、限界なんだね」

「……うん、もう無理」

 碧は悔しさと憤りを隠し、無理やり笑顔を作った。

 千乃が見ているわけではないけれど、千乃はいつも笑顔で人を元気にしてきたから。

 千乃が碧を救ってくれたから。

 だから、今度は碧が千乃を助けたい。

 どうすればいいかなんて、さっぱりわからないけど、言えることが一つだけあった。

「好きだよ」

 その言葉に、千乃からの返事はなかった。

 その代わり、電話の向こうで泣き叫ぶ声が聞こえる。

 言葉にならない叫びは、碧の脳に染みつき、一生忘れられないものとなった。