「ありがとう。本当は、ずっと悩んでいたんだ。でも、私ね、悩んでることをみんなに知られたくなかったの。元気で明るい私のイメージを壊すことが怖かった」

 千乃の苦笑に、碧は申し訳なさを感じ、唇を噛んだ。

 まさに、そうイメージしていたうちの一人だ。

「ごめん。俺も、星宮さんは強くて、迷いなく前進していく人だと思ってた。でも、そんなわけないよね。誰だって、迷うし、自信を持てない時もある。それに、気付かせてくれてありがとう。話しにくいことを、勇気を出して話してくれてありがとう」

 気の利いたことも言えないような、頼りない自分に話してくれたことは不思議な気もするけれど、それは二人が重ねてきた時間の証だと思いたい。

「ねえ、私、もう一つ目標ができちゃった」
「ええ? この短時間で?」

 千乃の表情からワクワクが溢れていて、思わず吹き出す。

 そのワクワクが碧にも伝染して、心が弾み始めた気がする。「佐倉くんが書いた小説の表紙を、私が描くの。挿絵も描かせてほしいな。佐倉くんの創った世界に、彩を加えさせてほしい」

 碧は千乃の話を聞きながら、心臓が高鳴っていくのがわかった。

 強い鼓動は碧の身体に収まりきらず、飛び出して、踊り始めてしまいそうだ。

「すごくいいと思う! 別々の夢を描いていると思っていたけど、重なる未来もあるんだね。それが、実現したらいいな」
「目標ができたね」
「うん。漠然と一人で目指すより、星宮さんと一緒に目指すことができるなんて、心強いよ」

 不意に、千乃は手を伸ばし、碧の前髪に触れて、優しく微笑んだ。

 突然のことに、碧は目をぎゅっと閉じる。

「佐倉くん、キラキラしてる」
「びっくりさせないでよ!」

 こっちは女の子に免疫がないんだ。

 その上、相手は好きな子だ。

 触れられたら、心臓が止まってしまってもおかしくない。「絶対、叶えようね」

 千乃の声は静かだった。

 碧の頭の中は大騒ぎだというのに。

 それが悔しくて、碧は目を開くと、千乃へ手を伸ばした。

 手の行き先は、色白の頬。

 そこをむにっと摘む。

 千乃の目が見開き、黒曜石のような瞳が輝いた。

「約束だよ」

 これで、小説家になるという夢から逃げられないなと思った。

 でも、嫌なプレッシャーを感じたわけではない。

 不安と不確かさに揺れていた夢が、明確な形となり、煌めき始めた瞬間だった。