コンビニを出ると、先輩は早速レモンチューハイを手に取り、ぐいっと一気に煽った。
「……からーい。
喉痛い」
自分で飲んでおきながら、先輩は弱音を吐いた。
確か、「超絶ストロング!」みたいなCMを流しているお酒だ。
それを知らないわけでもなかろうに、先輩は、たいして美味しいわけでもないであろうアルコールの塊を、一滴残らず胃へ流し込んだ。
そうして空き缶を、コンビニのくずかごに放り込む。
「あはは、じゃ、行こうか」
お酒で顔を赤くしながら、先輩は陽気に歩きだした。
僕は黒のメッシュキャップをかぶり、先輩の後をついていく。
が、先輩がふらふらと車道へ出そうになったので、慌てて先輩の隣へ行き、僕が車道側を歩くことにした。
……小学生の時とは、立場が逆だ。
あの時は、「夏苗お姉ちゃん」に守られてばかりで。
自分が世話を焼く立場になるとは、思ってもみなかった。
「……優しいね、二葉くんは」
お酒のせいか、若干舌足らずな口調で、先輩はこちらを見上げてくる。
「……二葉くんだったら、よかったのに」
先輩はそう呟いた。
え、と僕が間の抜けた声を漏らすと、先輩はニコニコと笑いかけてくる。
「どうしたの?」
「え……いえ、その」
「あはは」
先輩は何がおかしいのか、意味もなく笑って、スタスタと歩き続ける。
……からかわれているのだろうか?
もう、どれくらい歩き続けただろう。
まだまだ、海までには距離がある。
そもそも、自転車でも躊躇するような遠さなのだ。
日暮れまでに着けるのかも、先輩や僕の体力がもつのかも怪しい。
足腰が痛くなり始めた頃に、先輩が「ねえ」と声をかけてきた。
「公園だよ。
ちょっと休憩しない?」
顔を上げると、植木に囲まれた、ベンチと滑り台があるだけの、小さな公園があった。
僕はうなずいて、先輩と公園に入り、並んでベンチに座る。
ちょうど、枝葉で木陰ができており、少し涼しい。
コンビニで買ったスポーツドリンクを、先輩に渡すと、先輩は美味しそうに飲んだ。
ぷは、と、爽やかに息を吐く姿が艶っぽい。
よく見れば、白いシャツも汗だくだった。
つい目をそらした僕とは裏腹に、先輩は僕を見つめてくる。
「二葉くんも飲んだら?」
そう言って、あろうことか先輩が先程まで飲んでいたペットボトルを差し出してきた。
「い、いいですよ、僕、自分のがありますから」
慌てて手提げから、もう1本のスポーツドリンクを取り出して、キャップを開ける。
「いいのかなぁ、せっかく、間接キスのチャンスだったのに」
先輩の口からキスという言葉が出て、僕はうっかりキャップを取り落としそうになる。
ケラケラと先輩が笑った。
「ほら、ちゃんと持たなきゃ」
「分かりました、分かりましたから」
先輩の手から逃れるように、ベンチから立ち上がる。
これでは心臓がもたない。
先輩はベンチに座り込んだまま、からかうように笑っている。
人が悪い。
いったい、どうしてしまったのだろうか。
僕の記憶にある、純真で清楚な先輩は、幻だったのだろうか?
赤くなった頬を冷ますように、僕はスポーツドリンクを飲み込む。
お酒のせいだ。
きっとお酒のせいで、先輩は僕に絡んでいるのだ。
酔いが冷めたら、きっと後悔するに違いない。
「先輩、もっと自分を大事にしてください」
「え?」
「先輩はもっと、大切にされるべきです」
説明にならない言葉を繰り返すと、急に先輩は、しゅんと大人しくなった。
「……先輩?」
先輩はうつむいたまま、すっくと立ち上がった。
「行こう」
先輩はそれきり、黙ってしまった。
何が先輩の気に障ったのか、分からない。
そもそも、先輩が怒っているのかどうかすら、分からない。
ただ、先輩は、追い詰められたように、必死に、ひたすら歩き続けていた。
下手をすると、赤信号でも渡りそうになっていて、慌てて前へ立ち塞がって止めることもしばしばだった。
日が暮れ始めても、先輩の歩みは止まらない。
……最初、「海に行きたい」と言い出した時には、冗談かと思った。
一緒に歩き始めても、本当に海へたどり着ける実感は、どうしても湧かなかった。
それだけの距離がある。
夢のような場所だ。
でも、先輩の目は、真剣そのものだった。
先輩は本当に、海へ行くつもりなのだ。
ふと、考える。
……先輩は、なぜ海に行きたいのだろう?
僕のクロスバイクを見て、「海へ連れてってよ」と言い出した先輩。
ただの思いつきに、見えた。
気まぐれに思えた。
でも、今の先輩は、すがるように海の方角を見つめたまま、目を離さない。
……海に何があるのだろう?
記憶を手繰る。
家族ぐるみで行った海水浴。
子供会のバーベキュー。
地区で動員された海岸清掃。
どれもピンと来ない。
考えていたら、先輩が、歩道の段差につまずいた。
助ける間もなく、あっという間に地面に倒れ込んだ先輩に、僕は駆け寄る。
先輩は震えていて、なかなか立ち上がれない。
辺りは暗くなり始めていた。
夜目にも先輩の手足は細い。
今まで、お酒の酔いで歩き続けてはいたものの、体力はとっくに限界を迎えていたのだろう。
「……先輩」
「ごめん、二葉くん、起こして」
先輩に手を伸ばされて、僕は、砂利のついた華奢な手を握る。
なんとか助け起こすと、先輩はなおも歩こうとする。
「先輩」
「行こう」
「先輩!
いったい、どうしたんですか!?」
先輩は首を横に振る。
わけが分からない。
「このままじゃ、怪我しますよ」
「いいの」
「よくないですよ!
なんでそんなこと言うんですか!」
先輩は震えている。
そうして、絞り出すようにささやいた。
「着いたら、話すよ……
だから……
だから、お願い……」
僕はため息をつく。
とりあえず路肩に先輩を座らせ、引いてきたクロスバイクを、近くの電柱に寄せて鍵をかける。
せめてママチャリだったら、2人乗りができたし、先輩に乗ってもらうこともできたのだが、仕方がない。
「とにかく、しばらく休んでください」
座り込んだ先輩の隣に、僕も腰かける。
正直、僕自身の体力も尽きかけていた。
夏の日暮れは遅いが、暮れ始めると早い。
一気に薄暗くなる空気を、重く感じながら、体を休めた。
ここからは、海が近付くにつれ、外灯の数も減ってくる。
「……帰るなら、今ですよ。
僕、スマホ持ってますから、家にも連絡できます」
先輩は、うつむいたまま、かぶりを振る。
しばらく黙っていた先輩が、ようやく口を開いた。
「二葉くんは、帰っていいんだよ」
「……ここまで来たんです。
付き合いますよ」
不思議と、帰りたい気持ちはなかった。
それよりも、先輩のことが心配で。
ずいぶんと長い間、黙って休憩を取り、やがて先輩は立ち上がった。
「行ける?
二葉くん」
「行けます」
先輩はうなずいて、歩き始めた。
「……からーい。
喉痛い」
自分で飲んでおきながら、先輩は弱音を吐いた。
確か、「超絶ストロング!」みたいなCMを流しているお酒だ。
それを知らないわけでもなかろうに、先輩は、たいして美味しいわけでもないであろうアルコールの塊を、一滴残らず胃へ流し込んだ。
そうして空き缶を、コンビニのくずかごに放り込む。
「あはは、じゃ、行こうか」
お酒で顔を赤くしながら、先輩は陽気に歩きだした。
僕は黒のメッシュキャップをかぶり、先輩の後をついていく。
が、先輩がふらふらと車道へ出そうになったので、慌てて先輩の隣へ行き、僕が車道側を歩くことにした。
……小学生の時とは、立場が逆だ。
あの時は、「夏苗お姉ちゃん」に守られてばかりで。
自分が世話を焼く立場になるとは、思ってもみなかった。
「……優しいね、二葉くんは」
お酒のせいか、若干舌足らずな口調で、先輩はこちらを見上げてくる。
「……二葉くんだったら、よかったのに」
先輩はそう呟いた。
え、と僕が間の抜けた声を漏らすと、先輩はニコニコと笑いかけてくる。
「どうしたの?」
「え……いえ、その」
「あはは」
先輩は何がおかしいのか、意味もなく笑って、スタスタと歩き続ける。
……からかわれているのだろうか?
もう、どれくらい歩き続けただろう。
まだまだ、海までには距離がある。
そもそも、自転車でも躊躇するような遠さなのだ。
日暮れまでに着けるのかも、先輩や僕の体力がもつのかも怪しい。
足腰が痛くなり始めた頃に、先輩が「ねえ」と声をかけてきた。
「公園だよ。
ちょっと休憩しない?」
顔を上げると、植木に囲まれた、ベンチと滑り台があるだけの、小さな公園があった。
僕はうなずいて、先輩と公園に入り、並んでベンチに座る。
ちょうど、枝葉で木陰ができており、少し涼しい。
コンビニで買ったスポーツドリンクを、先輩に渡すと、先輩は美味しそうに飲んだ。
ぷは、と、爽やかに息を吐く姿が艶っぽい。
よく見れば、白いシャツも汗だくだった。
つい目をそらした僕とは裏腹に、先輩は僕を見つめてくる。
「二葉くんも飲んだら?」
そう言って、あろうことか先輩が先程まで飲んでいたペットボトルを差し出してきた。
「い、いいですよ、僕、自分のがありますから」
慌てて手提げから、もう1本のスポーツドリンクを取り出して、キャップを開ける。
「いいのかなぁ、せっかく、間接キスのチャンスだったのに」
先輩の口からキスという言葉が出て、僕はうっかりキャップを取り落としそうになる。
ケラケラと先輩が笑った。
「ほら、ちゃんと持たなきゃ」
「分かりました、分かりましたから」
先輩の手から逃れるように、ベンチから立ち上がる。
これでは心臓がもたない。
先輩はベンチに座り込んだまま、からかうように笑っている。
人が悪い。
いったい、どうしてしまったのだろうか。
僕の記憶にある、純真で清楚な先輩は、幻だったのだろうか?
赤くなった頬を冷ますように、僕はスポーツドリンクを飲み込む。
お酒のせいだ。
きっとお酒のせいで、先輩は僕に絡んでいるのだ。
酔いが冷めたら、きっと後悔するに違いない。
「先輩、もっと自分を大事にしてください」
「え?」
「先輩はもっと、大切にされるべきです」
説明にならない言葉を繰り返すと、急に先輩は、しゅんと大人しくなった。
「……先輩?」
先輩はうつむいたまま、すっくと立ち上がった。
「行こう」
先輩はそれきり、黙ってしまった。
何が先輩の気に障ったのか、分からない。
そもそも、先輩が怒っているのかどうかすら、分からない。
ただ、先輩は、追い詰められたように、必死に、ひたすら歩き続けていた。
下手をすると、赤信号でも渡りそうになっていて、慌てて前へ立ち塞がって止めることもしばしばだった。
日が暮れ始めても、先輩の歩みは止まらない。
……最初、「海に行きたい」と言い出した時には、冗談かと思った。
一緒に歩き始めても、本当に海へたどり着ける実感は、どうしても湧かなかった。
それだけの距離がある。
夢のような場所だ。
でも、先輩の目は、真剣そのものだった。
先輩は本当に、海へ行くつもりなのだ。
ふと、考える。
……先輩は、なぜ海に行きたいのだろう?
僕のクロスバイクを見て、「海へ連れてってよ」と言い出した先輩。
ただの思いつきに、見えた。
気まぐれに思えた。
でも、今の先輩は、すがるように海の方角を見つめたまま、目を離さない。
……海に何があるのだろう?
記憶を手繰る。
家族ぐるみで行った海水浴。
子供会のバーベキュー。
地区で動員された海岸清掃。
どれもピンと来ない。
考えていたら、先輩が、歩道の段差につまずいた。
助ける間もなく、あっという間に地面に倒れ込んだ先輩に、僕は駆け寄る。
先輩は震えていて、なかなか立ち上がれない。
辺りは暗くなり始めていた。
夜目にも先輩の手足は細い。
今まで、お酒の酔いで歩き続けてはいたものの、体力はとっくに限界を迎えていたのだろう。
「……先輩」
「ごめん、二葉くん、起こして」
先輩に手を伸ばされて、僕は、砂利のついた華奢な手を握る。
なんとか助け起こすと、先輩はなおも歩こうとする。
「先輩」
「行こう」
「先輩!
いったい、どうしたんですか!?」
先輩は首を横に振る。
わけが分からない。
「このままじゃ、怪我しますよ」
「いいの」
「よくないですよ!
なんでそんなこと言うんですか!」
先輩は震えている。
そうして、絞り出すようにささやいた。
「着いたら、話すよ……
だから……
だから、お願い……」
僕はため息をつく。
とりあえず路肩に先輩を座らせ、引いてきたクロスバイクを、近くの電柱に寄せて鍵をかける。
せめてママチャリだったら、2人乗りができたし、先輩に乗ってもらうこともできたのだが、仕方がない。
「とにかく、しばらく休んでください」
座り込んだ先輩の隣に、僕も腰かける。
正直、僕自身の体力も尽きかけていた。
夏の日暮れは遅いが、暮れ始めると早い。
一気に薄暗くなる空気を、重く感じながら、体を休めた。
ここからは、海が近付くにつれ、外灯の数も減ってくる。
「……帰るなら、今ですよ。
僕、スマホ持ってますから、家にも連絡できます」
先輩は、うつむいたまま、かぶりを振る。
しばらく黙っていた先輩が、ようやく口を開いた。
「二葉くんは、帰っていいんだよ」
「……ここまで来たんです。
付き合いますよ」
不思議と、帰りたい気持ちはなかった。
それよりも、先輩のことが心配で。
ずいぶんと長い間、黙って休憩を取り、やがて先輩は立ち上がった。
「行ける?
二葉くん」
「行けます」
先輩はうなずいて、歩き始めた。